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SLOW LIFE 【3】

「おじゃまします」
「どうぞ。」
 何度も来たことのある福田の部屋で以前と明らかに違うところは、出迎えてくれる部屋の主が一匹増えたところだろうか。
 門番よろしく、客人を迎えるように、ぴっと凛々しく座っている黒猫に、蒼樹は笑顔で挨拶をする。
「こんにちわ」
 ヘーゼルの丸い目は、ひたと蒼樹を見据えていたが、みゃあとも、すんとも言わず、特に目立った反応をすることもなく、むしろしれっとした様子で、立ち上がり部屋の中へと入ってしまった。
 そんな冷めた住人の対応に、蒼樹は少なからずショックを受けて、しばし反応出来ずにいた。
「……私、嫌われてます?」
「なんだろうなあ……」
 同じように飼い猫の様子を見ていた福田は、苦笑して肩を竦めた。
 福田が猫を拾ってから福田の家を訪れるのは、その日以来のことだった。お互いに連載作家であるため、締め切り明けに逢うのが、暗黙の了解になっていた。
 拾ってきたその日から、黒猫は福田に懐いているように見えたが、蒼樹には恐る恐るといった様子で近づいてきたのを覚えている。何がそんなに黒猫の警戒心を抱かせるのか。見た目で言ったら、福田の方がビクビクする容姿ではないか、と自分の恋人であるはずの福田に若干失礼なことを思ったが、黒猫のほうはそうではないらしい。仕事で逢えなかった一週間の間に、黒猫は益々福田に懐いたようだ。福田が動くとついていき、福田のまわりをうろうろとしている。
 部屋に入って、床の上にあぐらをかいた福田のふとももによじ登ろうとする黒猫を見遣りながら言った。
「……いつもそんな感じなんですか?」
「そんな感じって?」
 そうこう言っている間に、膝の上に上がり切った黒猫は、福田のパーカーの中に裾から頭を突っ込もうとしていた。福田はそれを止める素振りを見せない。蒼樹は二の次がなかなか出ずに、その光景を眺めてしまう。
「……服の中に入ったりしてるんですか?」
「ああ、お気に入りポジションなんじゃない?仕事しててもよく来るよ。あちぃけどな。寝てるときもベッドに入ってくるし。」
 確かに、福田が飼い主なのだが、この差はなんだろう。そもそも嫌われるようなことをしただろうか。
 ジッパーを下げた部分から顔だけ出して満足気な表情をしている黒猫をまじまじと見る。
「……なんか、負けてる気がします。」
「何が?」
「何かが」
 黒猫に懐かれていないことが問題ではないのかもしれない。確かにかわいい猫に懐かれないショックは、あるにはあるけれども、これはショックという名のものではないのかもしれない。
 恋人であるはずの蒼樹が、認め難い何かにおいて、黒猫に負けてる気がして、蒼樹は、むむっと渋面を浮かべた。
「何が?」
 パーカーの中から、みゃあ、と一鳴きした黒猫を見ながら、首を傾げる福田に蒼樹は渋面を浮かべたまま呟いた。
「……何かが」
 これは、嫉妬というやつかもしれない。

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