SLOW LIFE 【2】
「福田くん、原稿あがった?」
「あ、雄二郎さん、まじであとちょっとなんで、テキトーにコーヒーでも飲んでてください」
いつものように勝手知ったる福田の自宅兼仕事部屋に、預かっている合い鍵で入った雄二郎は、仕事部屋の入り口に門番よろしく、と凛々しく座っている黒猫に驚いた。黒猫は一言も鳴かずに、ヘーゼルの真ん丸の目でじぃっと雄二郎を見ていた。
「ねえ、福田くん、猫どうしたの?」
「ああ、そいつ。拾ったんす」
「ペット可だっけ? この部屋」
「そーすよ」
仕上げの段階に入っている福田は顔も上げずにもくもくと原稿に向かっていた。毎度のごとく片足を立てて姿勢の悪い格好で仕事をしていたが、その表情は真剣そのものだ。
案外長い睫が、デスクライトの光に透けて見えた。
「福田くん、動物の世話できるの?」
「何すか、それ! できますよ! 実家でも飼ってたし」
「あーそうなんだ。まあ、なんだかんだ言って、世話好きだしね、君」
言葉の端に、本当に君は世話好きのお節介焼きなんだ、と含みを持たせたが、福田はそれに気付かずに、「人間と動物じゃ違うっすけどね」なんて、特に面白みもない反応を返してくる。
過剰な反応で、うるさく返してくるところが面白いのに、と雄二郎は少し残念がった。原稿が佳境なのだから仕方がない。雄二郎はやれやれと首を振った。
部屋の入り口からとことこと歩いてきた黒猫が、雄二郎の足下で止まると、先ほどと同じようにヘーゼルの目が雄二郎をひたと見つめていた。腕を伸ばして触ろうとしても避ける様子もない。
すぐに触れることのできた頭部を擽るように撫でた。
「人懐っこいね、この子」
「っすね」
相変わらず黙々と原稿に向かう福田を見ながら、黒いソファに「どっこいしょ」なんて、親父臭い台詞をいいながら座ってしまった。まだ三十代だ。どっこいしょ、なんて老けた台詞が自然と出てしまうなんて恐ろしい。
ソファに座ると、黒猫は雄二郎の手から離れて飼い主である福田の元へと駆けて行く。福田の足下で、力を込めると、唐突にジャンプして福田の太ももに座ろうとした。
「こらあ、乗るなって。ちょっと雄二郎さんの相手してて」
けれど、集中している福田の手によって、再度床に下ろされてしまい、黒猫は不満げにみゃあと鳴いた。
「だってさ」
すっかり黒猫のご主人様になっている福田をほほ笑ましく思いながら、おいで、と福田の飼い猫を手招きする。
そんな雄二郎を黒猫はじと目で見てくる。
仔猫なのに黒猫だからか、迫力があって身を引いてしまう。主人から拒否されたことがかなり不満なのだろうか、むすっとした表情だ。そういう鋭い目をしていると、福田に似ているな、なんて思うのはおかしいだろうか。
あまりにもじっと見るものだから、居心地が悪くなって、視線を反らした。
(猫に負けるとは……)
視線を反らしても刺さるような黒猫の視線に、雄二郎はソファの上で身じろぎした。
それが、引鉄だったのかもしれない。視界の端に、ぐっと身体を丸めて力を入れた黒猫の姿が見えた気がした。
「あだっ!」
「もー雄二郎さんうるさいっすよ!」
人が集中して仕事をしているというのに、うるさくするというのは何事だろう。しかも、仕事の邪魔をしているのが、原稿を受け取りに来たはずの担当自らであることに、福田は訝しんだ。
原稿から目を離し、顔をあげる。福田はこの日ようやく、雄二郎をまともに見たような気がした。
「……何してんすか……」
そこには、雄二郎自慢のアフロ頭に顔を突っ込んでいる飼い猫の姿があった。
「そんなに笑うことないだろ!」
「ひ、だって、あは、」
目尻にうっすらと涙を浮かべて、文字通り抱腹している福田の膝の上には、確実にそこに市民権を得ている飼い猫の姿があった。
雄二郎は福田の膝の上で、ぐでん、とリラックスして伸びきっている黒猫を睨んだが、黒猫は雄二郎の視線に全く興味を示さない。
「アフロ初めて見たからじゃないっすか。興味あったんすよ、きっと。もふもふしてるから」
「だからってダイブする?」
頭を擦る雄二郎を見て、ようやく収まったはずの笑いが、再度ふつふつと湧き上がる。ぶふっ、とこらえ切れずに吹き出してしまうと、雄二郎がごほんと態とらしい咳払いをして、「ところで、福田くん」と言った。
「原稿は終わったのかな?」
憤然とした態度で言う雄二郎に、福田は笑いを堪えながら言った。
「終わるわけないでしょ」
黒猫が膝の上で、くあっと大きな欠伸をしていた。
「あ、雄二郎さん、まじであとちょっとなんで、テキトーにコーヒーでも飲んでてください」
いつものように勝手知ったる福田の自宅兼仕事部屋に、預かっている合い鍵で入った雄二郎は、仕事部屋の入り口に門番よろしく、と凛々しく座っている黒猫に驚いた。黒猫は一言も鳴かずに、ヘーゼルの真ん丸の目でじぃっと雄二郎を見ていた。
「ねえ、福田くん、猫どうしたの?」
「ああ、そいつ。拾ったんす」
「ペット可だっけ? この部屋」
「そーすよ」
仕上げの段階に入っている福田は顔も上げずにもくもくと原稿に向かっていた。毎度のごとく片足を立てて姿勢の悪い格好で仕事をしていたが、その表情は真剣そのものだ。
案外長い睫が、デスクライトの光に透けて見えた。
「福田くん、動物の世話できるの?」
「何すか、それ! できますよ! 実家でも飼ってたし」
「あーそうなんだ。まあ、なんだかんだ言って、世話好きだしね、君」
言葉の端に、本当に君は世話好きのお節介焼きなんだ、と含みを持たせたが、福田はそれに気付かずに、「人間と動物じゃ違うっすけどね」なんて、特に面白みもない反応を返してくる。
過剰な反応で、うるさく返してくるところが面白いのに、と雄二郎は少し残念がった。原稿が佳境なのだから仕方がない。雄二郎はやれやれと首を振った。
部屋の入り口からとことこと歩いてきた黒猫が、雄二郎の足下で止まると、先ほどと同じようにヘーゼルの目が雄二郎をひたと見つめていた。腕を伸ばして触ろうとしても避ける様子もない。
すぐに触れることのできた頭部を擽るように撫でた。
「人懐っこいね、この子」
「っすね」
相変わらず黙々と原稿に向かう福田を見ながら、黒いソファに「どっこいしょ」なんて、親父臭い台詞をいいながら座ってしまった。まだ三十代だ。どっこいしょ、なんて老けた台詞が自然と出てしまうなんて恐ろしい。
ソファに座ると、黒猫は雄二郎の手から離れて飼い主である福田の元へと駆けて行く。福田の足下で、力を込めると、唐突にジャンプして福田の太ももに座ろうとした。
「こらあ、乗るなって。ちょっと雄二郎さんの相手してて」
けれど、集中している福田の手によって、再度床に下ろされてしまい、黒猫は不満げにみゃあと鳴いた。
「だってさ」
すっかり黒猫のご主人様になっている福田をほほ笑ましく思いながら、おいで、と福田の飼い猫を手招きする。
そんな雄二郎を黒猫はじと目で見てくる。
仔猫なのに黒猫だからか、迫力があって身を引いてしまう。主人から拒否されたことがかなり不満なのだろうか、むすっとした表情だ。そういう鋭い目をしていると、福田に似ているな、なんて思うのはおかしいだろうか。
あまりにもじっと見るものだから、居心地が悪くなって、視線を反らした。
(猫に負けるとは……)
視線を反らしても刺さるような黒猫の視線に、雄二郎はソファの上で身じろぎした。
それが、引鉄だったのかもしれない。視界の端に、ぐっと身体を丸めて力を入れた黒猫の姿が見えた気がした。
「あだっ!」
「もー雄二郎さんうるさいっすよ!」
人が集中して仕事をしているというのに、うるさくするというのは何事だろう。しかも、仕事の邪魔をしているのが、原稿を受け取りに来たはずの担当自らであることに、福田は訝しんだ。
原稿から目を離し、顔をあげる。福田はこの日ようやく、雄二郎をまともに見たような気がした。
「……何してんすか……」
そこには、雄二郎自慢のアフロ頭に顔を突っ込んでいる飼い猫の姿があった。
「そんなに笑うことないだろ!」
「ひ、だって、あは、」
目尻にうっすらと涙を浮かべて、文字通り抱腹している福田の膝の上には、確実にそこに市民権を得ている飼い猫の姿があった。
雄二郎は福田の膝の上で、ぐでん、とリラックスして伸びきっている黒猫を睨んだが、黒猫は雄二郎の視線に全く興味を示さない。
「アフロ初めて見たからじゃないっすか。興味あったんすよ、きっと。もふもふしてるから」
「だからってダイブする?」
頭を擦る雄二郎を見て、ようやく収まったはずの笑いが、再度ふつふつと湧き上がる。ぶふっ、とこらえ切れずに吹き出してしまうと、雄二郎がごほんと態とらしい咳払いをして、「ところで、福田くん」と言った。
「原稿は終わったのかな?」
憤然とした態度で言う雄二郎に、福田は笑いを堪えながら言った。
「終わるわけないでしょ」
黒猫が膝の上で、くあっと大きな欠伸をしていた。
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