Happy Halloween
太陽がさんさんと輝く秋の昼下がり。もう少ししたら日が陰って寒くなってくる。秋は遅刻ぎりぎりにやってきたかと思いきや、足早に過ぎ去ろうとしていた。
そんな微睡みかけた秋の午後のある日、福田は机の上で震えだしたケータイにびくりと肩を揺らした。眠りかけの意識を無理矢理覚醒させられ、福田はしばらく震えるケータイを眺めるだけだった。しばらくして、ケータイがなっているという事実に気づき、福田は慌てて電話をとった。
あっ、と聞こえた電話越しの声に、相手が切ろうとしていたことがわかる。
「高木ですけど……」
遠慮がちに名乗った相手に、珍しいなと福田は目を瞬いた。
いつも何かしら用事があるときは、真城のほうが連絡をしてくる。つきあいからいっても、原作者の高木よりも作画の真城とのほうが長いし、直接的な関わりがあった。
そして大抵の場合、連絡をするのは福田からの方が多かった。
「高木くんか、どうした?珍しいじゃん」
電話の向こうから若干緊張したような気配がして、福田は、ん?と高木の気配に注意した。電話越しで伺うようにして耳を澄ませた。
つきあいは長いといっても、私用で連絡を取ることはほとんどなかった。何か問題があったとき、もしくはそうなりそうなとき連絡をとるぐらいで、プライベートなつきあいはほとんどなかった。
だから、福田もまた何かあったのかと緊張する。
また、と思ってしまうほど、同期のメンバー間で面倒事があったのだなあと高木の声を待ちながら思った。
けれど、意を決して口を開いた高木の言葉に、福田は一気に気が抜けた。
「福田さん、ハロウィンパーティーしませんか?」
「はろうぃんぱあてぃだあ?」
面倒事はないに越したことはないが、あまりにも想像していた話とは違いすぎて、福田にはなにがなにやらわからなくなってしまった。ハロウィンパーティーとは一体何の話だ。
福田は壁に掛けられたカレンダーを見る。十月三十一日、日付の脇に小さくハロウィンと記載されている。
昨今、日本でも定例イベントと根付きつつあるそれだ。某ネズミ王国でも、毎年のようにお祭りになっている。
ただ本来の意味とは異なるお祭りごととして日本では流行っている。また流行っていても、クリスマスほど国民のほとんどが意識するほどのイベントとして盛り上がっているわけではない。
「カヤちゃんが……あ、うちの奥さんが、はりきっちゃってて……みんな気晴らしにどうかなーっと思いまして」
「嫁……」
高木のハハハと乾いた笑いが受話器越しに響く。
福田は天を仰いだ。高木の結婚式に出ているし、高木の嫁とは多少なりとも面識はあるが、確かにこういうイベントごとは好きそうなイメージだ。
顔を覆った片手の指の間から蛍光灯が光る天井を見た。ハロウィンパーティーというと、仮装をするということだろうか。
コスプレは趣味じゃない。ハロウィンというイベントも興味がない。気晴らしになるというよりも疲れそうではないか。
断ろう、そう思った。
「で、あんたはなんで、俺に電話してくんだよ」
福田が相手に聞こえるようにあからさまにため息をつくと、電話の向こうから「だって!」と反論が聞こえてきた。
「だって、話を聞いてくれる人が……」
「俺はいつからあんたの専門相談員になったわけ?」
「別に相談をしているわけじゃ」
「じゃあ、なんなの。相談じゃなかったら、何で電話してくんだよ。」
高木から電話があったその日の夜、もう一度福田のケータイを鳴らした人物に、福田は遠慮なく呆れとため息と、そして少々の嬉しさを滲ませていた。
蒼樹嬢と登録されたアドレスが表示された震えるケータイに出るのに、実は深呼吸しているなんて絶対本人には教えない。
「福田さんも、行くのでしょう? ハロウィンパーティー」
「う、何で知ってる。」
「カヤさんから聞きました。」
「嫁……」
女の情報網は早くて細かくて困る。
結局福田は高木に了承の返事をしていたのだ。それがこんなにも早く彼女に知られるとは、福田は恥ずかしくなってぶっきらぼうに、「で?」と続きを促した。
「どんな仮装をしたらいいかなと思いまして」
「やっぱ相談なんじゃねえか!」
「違います! 偵察です! 福田さんは何の仮装をするのかなと思って」
「違わねえじゃん……」
「何か言いました?」
っていうか、偵察ってなんだよ。俺を偵察して何になるってんだよ。とつっこみたかったが、きっと眉間に皺を寄せて福田の一言一句を聞き漏らすまいとしているであろう蒼樹を想像して黙っていた。
「蒼樹嬢はどんな仮装がしたいんだよ」
「だから、それを相談したくて電話したんですけど」
「相談って言ったって、希望とかないと俺は何も言えないと思うんだけどよ」
「まあ、そうですね」
どんな仮装をしたらいいか、と聞かれて、これに対して福田の回答を求めるということはどういうことなんだろうか、と考えてしまう。これがいいんじゃないか、と提案や希望をしたらその格好をしてくれるのだろうか。
「ハロウィンっていうと、なんだろうな」
「そうですねえ、おばけ……でしょうか」
「シーツでもかぶるか?」
「それじゃあ、なんか面白味がないですよね」
「蒼樹嬢も面白味とか考えるのかよ」
「やるなら、ちゃんと楽しみたいじゃないですか!」
なんだかんだ言って女の子というのは集まってきゃあきゃあするお祭りが大好きだ。パーティーを主催するのがカヤだというのもあって、気心しれた仲間の前でなら楽しめる、そう思ったに違いない。
何しろ蒼樹には友人が少ないから、こういうった誘いはうれしかったに違いない。
「そのノリで、高木くんの嫁さんの言葉に乗ったんだろう」
「楽しそうじゃないですか」
「俺はめんどくせえよ」
「じゃあ、なんで、行くって言ったんですか」
「それは……」
高木との電話を思い出して、カーッと火がつくのではないかというほどに顔を赤くした。浅はかだし、ミーハーだし、願望丸だしだな、と思うけれど、仕方がない。結局ノリで返事をしてしまったようなものだ。
高木から「蒼樹さんも来ますよ」と言われたら、行かない、と言えなくなってしまうじゃないか。
「あ、蒼樹嬢に関係ないじゃん!」
電話でよかったと思いつつ、それでもこの焦りが伝わっているとわかっていて、福田はますます恥ずかしくなった。今すぐ電話を切りたい衝動に駆られるけれど、蒼樹との電話を早々簡単に切らせたくなかった。
「か、関係ないかもしれないですけど! そんな言い方しなくたっていいじゃないですか! 何、キレてるんですか」
「キレてないし!」
「キレてるじゃないですか」
「キレてない!」
「なんか古いですよ、そのネタ」
いつもの言い合いになって、やっと少しだけ平常心が戻ってくる。けれど、いつもと進展のない展開を繰り広げてしまうことに、これではいけないのになー、と心の片隅で苦く思ってしまうことも事実だ。ただし、いつもとは違う行動をしたら、「どうしたんですか?」と蒼樹だったら何も考えずに天然の切り返しをしてくるような気がして、切り返されたら、やはりどうやって説明したらいいのかわからなくなって、売り言葉に買い言葉のいつもの喧嘩になるのだろうなと考えると、先の見えない関係性に頭を抱えたくなる。
関係をもう一歩先に進めたいのに、進まないジレンマ。
なんだ、自分相当恋愛しているなと思うと、似合わな過ぎて鳥肌が立ちそうになる。
無言になった福田が、本気で機嫌を損ねたと感じたのか蒼樹がおずおずと「福田さん?」と呼んだ。
「なんでもねえ。大丈夫」
「怒らせてしまったのかと思いました」
「なんで、俺が怒るんだよ」
感性が違うから衝突することはしばしばあるけれど、怒ったことはほとんどない。意見の食い違いは誰にだってあることだし、それは致し方がない。そのことについて、自分の考えと違うからと、いきり立ってもどうしようもないことだ。相手には相手の考え方があるのだと、その点は認めないといつまでたっても良好な人間関係を構築することはできない。
認めた上での否定ならともかく、認めもしない、話を聞きもしないで否定するのは、人付き合いはできない。
そのことを蒼樹という女性に出会ってから嫌と言うほど経験した。
「えっと、仮装の話だっけ?」
「そうです。とりあえず思いつくものを上げてみてくれませんか?」
なんでもいいです、と蒼樹が言うので、うーんと唸ったあとに、ぼそぼそと言った。
「じゃあ……ネコミミ、とか?」
「え!?」
福田の頭に浮かんだ蒼樹のネコミミを付けた姿に、福田はぶんぶんと頭を振るった。
ネコミミを付けるだけならまだしも、モフ手、尻尾まで装着し、なぜかファーのベアトップとホットパンツという格好だ。
自分で言っておきながら、想像した蒼樹の姿に思わず、ぶほぁと吹き出してしまう。よかった、何も口に入れていなくてよかった。それでなくても、唾が飛んだ。
「ふ、福田さん!?」
驚いた蒼樹の声は、福田の噎せた咳に掻き消えて、全く福田の耳に届かなかった。
「ネコミミって……それハロウィンですか?」
「いや、思いつき! 思いつきだから!」
ちょっといやらしい思いつきをしたなんて知れたら、蒼樹に確実に白い目で見られることは間違いない。潔癖なくせに疎い蒼樹にはきっと福田の困惑と焦りの原因が何かなんて、想像もつかないだろう。
ベアトップ姿の蒼樹が「にゃん?」だなんて言いながら、小首を傾げて福田に迫っている想像をしているだなんて、全くもって絶対に蒼樹になんて悟られてたまるか。
焦りから福田はいつの間にか立ち上がって部屋の中をうろうろしていた。檻の中をぐるぐると回っている動物園のライオンみたいだ。
そんなライオン福田に蒼樹が大まじめな声で言った。思わずケータイに耳を押しつけて聞き返してしまった。
「だったら、福田さんも耳つけてください。」
「はあ!? 何で俺!?」
「福田さんもネコミミつけたらかわいいですよ」
福田は白目を剥きそうだった。蒼樹は至ってまじめに言っているようだが、果たして本当にそうなのだろうか。実は楽しくて楽しくて仕方ないのではないのだろうか。福田の反応を楽しんで、にやついているのではないだろうか。
自分がネコミミをつけているところなんか、想像しても楽しくない。それに、なんだ、かわいいとはなんだ。
「断じて言うが、俺がかわいいとかまずありえねえ、きしょい、きもい。」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか。福田さん、結構髪の毛さらさらしてるし、白ミミとか付けたら似合いそうですよ。かわいいと思います。」
弾んだ蒼樹の声に、福田はとうとう気が遠くなって、ソファにどさりと身を沈めた。女のかわいいの観点は男は違うのだと思い知らされる。
「嫌だ、絶対つけない!」
「えー絶対かわいいし、萌えるのに」
「萌えだぁ!?」
どんな姿を想像しているのだろうか。まさかベアトップ姿じゃあるまい。全く萌えない。萌えるといったら、蒼樹のほうじゃないか、と照れも恥も外聞もなくそう思ったけれど、本人に言えるはずもない。
嫌だとごねる福田に、蒼樹が、じゃあ、と言った。
「狼男とか。もふ耳ともふ手と、もふ尻尾で。ハロウィンらしくていいと思いません?」
獣耳からは離れないのか。最初にネコミミの話を振ったのは福田のほうだというのに、すっかりそれを忘れてしまっていた。
なんだか福田の反応で楽しんでいるような蒼樹に、少しだけ、ほんのちょっとだけ慌てされてやろうと思って、福田はにやりと笑って言った。
「狼男って……何?襲って欲しいってか」
にやりと笑ったまま、慌てふためく蒼樹の怒号を待っていたのだが、予想外の反応だった。
電話の向こうから想像できる蒼樹は、顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせているのだろう。
「え、いや、あの、いえ、えっと……」
「は? ちょっと、いやいや、なんかあんたが動揺すると、こっちも伝染るっていうか。いや、そこは、何言っているんですかって返してもらわないと、あのちょっと?」
「何言っているんですか!」
「今更言うな! 遅いわ!」
予想していた怒号は全く聞こえず、そのかわり伝わる気配は、先ほどの福田のそれだ。檻の中をうろつくライオン状態だ。
これは、この状況は、一体蒼樹は何を想像していたのだろう。
福田の顔も徐々に赤くなって、体温がかーっとあがっていくのがわかる。
ぱたぱたと手で仰ぐけれど、全く涼しくない。
「あのさ」
福田が口火を切ると同じタイミングで、蒼樹も「あの」と言った。
「え?」
「ネコミミ、付けて欲しい、ですか?」
蒼樹がらしくもないことを言うものだから、福田は全く思考が止まってしまったような感覚で、「あ、うん」と何も考えずに自分の欲求のままに答えてしまった。
「じゃあ、あの、そうします。」
蒼樹の返事が頭をぐるぐる回っていて、本当に白目を剥いて意識を飛ばした。
そんな微睡みかけた秋の午後のある日、福田は机の上で震えだしたケータイにびくりと肩を揺らした。眠りかけの意識を無理矢理覚醒させられ、福田はしばらく震えるケータイを眺めるだけだった。しばらくして、ケータイがなっているという事実に気づき、福田は慌てて電話をとった。
あっ、と聞こえた電話越しの声に、相手が切ろうとしていたことがわかる。
「高木ですけど……」
遠慮がちに名乗った相手に、珍しいなと福田は目を瞬いた。
いつも何かしら用事があるときは、真城のほうが連絡をしてくる。つきあいからいっても、原作者の高木よりも作画の真城とのほうが長いし、直接的な関わりがあった。
そして大抵の場合、連絡をするのは福田からの方が多かった。
「高木くんか、どうした?珍しいじゃん」
電話の向こうから若干緊張したような気配がして、福田は、ん?と高木の気配に注意した。電話越しで伺うようにして耳を澄ませた。
つきあいは長いといっても、私用で連絡を取ることはほとんどなかった。何か問題があったとき、もしくはそうなりそうなとき連絡をとるぐらいで、プライベートなつきあいはほとんどなかった。
だから、福田もまた何かあったのかと緊張する。
また、と思ってしまうほど、同期のメンバー間で面倒事があったのだなあと高木の声を待ちながら思った。
けれど、意を決して口を開いた高木の言葉に、福田は一気に気が抜けた。
「福田さん、ハロウィンパーティーしませんか?」
「はろうぃんぱあてぃだあ?」
面倒事はないに越したことはないが、あまりにも想像していた話とは違いすぎて、福田にはなにがなにやらわからなくなってしまった。ハロウィンパーティーとは一体何の話だ。
福田は壁に掛けられたカレンダーを見る。十月三十一日、日付の脇に小さくハロウィンと記載されている。
昨今、日本でも定例イベントと根付きつつあるそれだ。某ネズミ王国でも、毎年のようにお祭りになっている。
ただ本来の意味とは異なるお祭りごととして日本では流行っている。また流行っていても、クリスマスほど国民のほとんどが意識するほどのイベントとして盛り上がっているわけではない。
「カヤちゃんが……あ、うちの奥さんが、はりきっちゃってて……みんな気晴らしにどうかなーっと思いまして」
「嫁……」
高木のハハハと乾いた笑いが受話器越しに響く。
福田は天を仰いだ。高木の結婚式に出ているし、高木の嫁とは多少なりとも面識はあるが、確かにこういうイベントごとは好きそうなイメージだ。
顔を覆った片手の指の間から蛍光灯が光る天井を見た。ハロウィンパーティーというと、仮装をするということだろうか。
コスプレは趣味じゃない。ハロウィンというイベントも興味がない。気晴らしになるというよりも疲れそうではないか。
断ろう、そう思った。
「で、あんたはなんで、俺に電話してくんだよ」
福田が相手に聞こえるようにあからさまにため息をつくと、電話の向こうから「だって!」と反論が聞こえてきた。
「だって、話を聞いてくれる人が……」
「俺はいつからあんたの専門相談員になったわけ?」
「別に相談をしているわけじゃ」
「じゃあ、なんなの。相談じゃなかったら、何で電話してくんだよ。」
高木から電話があったその日の夜、もう一度福田のケータイを鳴らした人物に、福田は遠慮なく呆れとため息と、そして少々の嬉しさを滲ませていた。
蒼樹嬢と登録されたアドレスが表示された震えるケータイに出るのに、実は深呼吸しているなんて絶対本人には教えない。
「福田さんも、行くのでしょう? ハロウィンパーティー」
「う、何で知ってる。」
「カヤさんから聞きました。」
「嫁……」
女の情報網は早くて細かくて困る。
結局福田は高木に了承の返事をしていたのだ。それがこんなにも早く彼女に知られるとは、福田は恥ずかしくなってぶっきらぼうに、「で?」と続きを促した。
「どんな仮装をしたらいいかなと思いまして」
「やっぱ相談なんじゃねえか!」
「違います! 偵察です! 福田さんは何の仮装をするのかなと思って」
「違わねえじゃん……」
「何か言いました?」
っていうか、偵察ってなんだよ。俺を偵察して何になるってんだよ。とつっこみたかったが、きっと眉間に皺を寄せて福田の一言一句を聞き漏らすまいとしているであろう蒼樹を想像して黙っていた。
「蒼樹嬢はどんな仮装がしたいんだよ」
「だから、それを相談したくて電話したんですけど」
「相談って言ったって、希望とかないと俺は何も言えないと思うんだけどよ」
「まあ、そうですね」
どんな仮装をしたらいいか、と聞かれて、これに対して福田の回答を求めるということはどういうことなんだろうか、と考えてしまう。これがいいんじゃないか、と提案や希望をしたらその格好をしてくれるのだろうか。
「ハロウィンっていうと、なんだろうな」
「そうですねえ、おばけ……でしょうか」
「シーツでもかぶるか?」
「それじゃあ、なんか面白味がないですよね」
「蒼樹嬢も面白味とか考えるのかよ」
「やるなら、ちゃんと楽しみたいじゃないですか!」
なんだかんだ言って女の子というのは集まってきゃあきゃあするお祭りが大好きだ。パーティーを主催するのがカヤだというのもあって、気心しれた仲間の前でなら楽しめる、そう思ったに違いない。
何しろ蒼樹には友人が少ないから、こういうった誘いはうれしかったに違いない。
「そのノリで、高木くんの嫁さんの言葉に乗ったんだろう」
「楽しそうじゃないですか」
「俺はめんどくせえよ」
「じゃあ、なんで、行くって言ったんですか」
「それは……」
高木との電話を思い出して、カーッと火がつくのではないかというほどに顔を赤くした。浅はかだし、ミーハーだし、願望丸だしだな、と思うけれど、仕方がない。結局ノリで返事をしてしまったようなものだ。
高木から「蒼樹さんも来ますよ」と言われたら、行かない、と言えなくなってしまうじゃないか。
「あ、蒼樹嬢に関係ないじゃん!」
電話でよかったと思いつつ、それでもこの焦りが伝わっているとわかっていて、福田はますます恥ずかしくなった。今すぐ電話を切りたい衝動に駆られるけれど、蒼樹との電話を早々簡単に切らせたくなかった。
「か、関係ないかもしれないですけど! そんな言い方しなくたっていいじゃないですか! 何、キレてるんですか」
「キレてないし!」
「キレてるじゃないですか」
「キレてない!」
「なんか古いですよ、そのネタ」
いつもの言い合いになって、やっと少しだけ平常心が戻ってくる。けれど、いつもと進展のない展開を繰り広げてしまうことに、これではいけないのになー、と心の片隅で苦く思ってしまうことも事実だ。ただし、いつもとは違う行動をしたら、「どうしたんですか?」と蒼樹だったら何も考えずに天然の切り返しをしてくるような気がして、切り返されたら、やはりどうやって説明したらいいのかわからなくなって、売り言葉に買い言葉のいつもの喧嘩になるのだろうなと考えると、先の見えない関係性に頭を抱えたくなる。
関係をもう一歩先に進めたいのに、進まないジレンマ。
なんだ、自分相当恋愛しているなと思うと、似合わな過ぎて鳥肌が立ちそうになる。
無言になった福田が、本気で機嫌を損ねたと感じたのか蒼樹がおずおずと「福田さん?」と呼んだ。
「なんでもねえ。大丈夫」
「怒らせてしまったのかと思いました」
「なんで、俺が怒るんだよ」
感性が違うから衝突することはしばしばあるけれど、怒ったことはほとんどない。意見の食い違いは誰にだってあることだし、それは致し方がない。そのことについて、自分の考えと違うからと、いきり立ってもどうしようもないことだ。相手には相手の考え方があるのだと、その点は認めないといつまでたっても良好な人間関係を構築することはできない。
認めた上での否定ならともかく、認めもしない、話を聞きもしないで否定するのは、人付き合いはできない。
そのことを蒼樹という女性に出会ってから嫌と言うほど経験した。
「えっと、仮装の話だっけ?」
「そうです。とりあえず思いつくものを上げてみてくれませんか?」
なんでもいいです、と蒼樹が言うので、うーんと唸ったあとに、ぼそぼそと言った。
「じゃあ……ネコミミ、とか?」
「え!?」
福田の頭に浮かんだ蒼樹のネコミミを付けた姿に、福田はぶんぶんと頭を振るった。
ネコミミを付けるだけならまだしも、モフ手、尻尾まで装着し、なぜかファーのベアトップとホットパンツという格好だ。
自分で言っておきながら、想像した蒼樹の姿に思わず、ぶほぁと吹き出してしまう。よかった、何も口に入れていなくてよかった。それでなくても、唾が飛んだ。
「ふ、福田さん!?」
驚いた蒼樹の声は、福田の噎せた咳に掻き消えて、全く福田の耳に届かなかった。
「ネコミミって……それハロウィンですか?」
「いや、思いつき! 思いつきだから!」
ちょっといやらしい思いつきをしたなんて知れたら、蒼樹に確実に白い目で見られることは間違いない。潔癖なくせに疎い蒼樹にはきっと福田の困惑と焦りの原因が何かなんて、想像もつかないだろう。
ベアトップ姿の蒼樹が「にゃん?」だなんて言いながら、小首を傾げて福田に迫っている想像をしているだなんて、全くもって絶対に蒼樹になんて悟られてたまるか。
焦りから福田はいつの間にか立ち上がって部屋の中をうろうろしていた。檻の中をぐるぐると回っている動物園のライオンみたいだ。
そんなライオン福田に蒼樹が大まじめな声で言った。思わずケータイに耳を押しつけて聞き返してしまった。
「だったら、福田さんも耳つけてください。」
「はあ!? 何で俺!?」
「福田さんもネコミミつけたらかわいいですよ」
福田は白目を剥きそうだった。蒼樹は至ってまじめに言っているようだが、果たして本当にそうなのだろうか。実は楽しくて楽しくて仕方ないのではないのだろうか。福田の反応を楽しんで、にやついているのではないだろうか。
自分がネコミミをつけているところなんか、想像しても楽しくない。それに、なんだ、かわいいとはなんだ。
「断じて言うが、俺がかわいいとかまずありえねえ、きしょい、きもい。」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか。福田さん、結構髪の毛さらさらしてるし、白ミミとか付けたら似合いそうですよ。かわいいと思います。」
弾んだ蒼樹の声に、福田はとうとう気が遠くなって、ソファにどさりと身を沈めた。女のかわいいの観点は男は違うのだと思い知らされる。
「嫌だ、絶対つけない!」
「えー絶対かわいいし、萌えるのに」
「萌えだぁ!?」
どんな姿を想像しているのだろうか。まさかベアトップ姿じゃあるまい。全く萌えない。萌えるといったら、蒼樹のほうじゃないか、と照れも恥も外聞もなくそう思ったけれど、本人に言えるはずもない。
嫌だとごねる福田に、蒼樹が、じゃあ、と言った。
「狼男とか。もふ耳ともふ手と、もふ尻尾で。ハロウィンらしくていいと思いません?」
獣耳からは離れないのか。最初にネコミミの話を振ったのは福田のほうだというのに、すっかりそれを忘れてしまっていた。
なんだか福田の反応で楽しんでいるような蒼樹に、少しだけ、ほんのちょっとだけ慌てされてやろうと思って、福田はにやりと笑って言った。
「狼男って……何?襲って欲しいってか」
にやりと笑ったまま、慌てふためく蒼樹の怒号を待っていたのだが、予想外の反応だった。
電話の向こうから想像できる蒼樹は、顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせているのだろう。
「え、いや、あの、いえ、えっと……」
「は? ちょっと、いやいや、なんかあんたが動揺すると、こっちも伝染るっていうか。いや、そこは、何言っているんですかって返してもらわないと、あのちょっと?」
「何言っているんですか!」
「今更言うな! 遅いわ!」
予想していた怒号は全く聞こえず、そのかわり伝わる気配は、先ほどの福田のそれだ。檻の中をうろつくライオン状態だ。
これは、この状況は、一体蒼樹は何を想像していたのだろう。
福田の顔も徐々に赤くなって、体温がかーっとあがっていくのがわかる。
ぱたぱたと手で仰ぐけれど、全く涼しくない。
「あのさ」
福田が口火を切ると同じタイミングで、蒼樹も「あの」と言った。
「え?」
「ネコミミ、付けて欲しい、ですか?」
蒼樹がらしくもないことを言うものだから、福田は全く思考が止まってしまったような感覚で、「あ、うん」と何も考えずに自分の欲求のままに答えてしまった。
「じゃあ、あの、そうします。」
蒼樹の返事が頭をぐるぐる回っていて、本当に白目を剥いて意識を飛ばした。
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