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FROM YOU

「俺たち学年的には、一個違いなんだよな」
 爽やかな新緑シーズンの到来は、ようやく長かった冬に完全に終止符を打った。春の少し花冷えするなか花見をしたが、暑くもなく寒くもないこの時期を迎えると、やっと冬も終わったなと思うのだ。これから梅雨が訪れるまでの数週間は快適に過ごせるだろう。梅雨に突入し、それが明ければ暑い夏の到来だ。
 新緑の鮮やかな緑は、風景が煌めいて見える。そんな季節に外出しないのはかなり勿体ないことだ。
 ゴールデンウィークに入った福田と蒼樹は、正月休み以来の少し長めの休暇を貰って、久しぶりに福田のバイクを走らせて那須へやってきた。
 保養地として知名度の高い那須は、豊かな自然とその中に広大なアウトレットモールや遊園地などがあり、デートスポットや観光スポットとして、カップルや家族連れ、団体旅行客など多くの人が訪れる場所だ。
 やはり観光としては時期が良く、いつも以上に人が集まっている印象を覚える。
 人ごみが苦手だからといって、このシーズンを外していくと、新緑シーズンは終わってしまうのだから仕方がない。
 福田と蒼樹はようやくカフェレストランのテーブル席についた。どこもかしこも人が多く、レストランに入るにも三十分待ちの店が続出だ。長時間待つのは苦痛だが、かといってわざわざ遠出をしたのに、普段入れるような、どこにでもあるファストフード店やファミレスに入ったのでは意味がない。福田と蒼樹が席についたころにはランチタイムのピークは過ぎており、少しはゆっくり食事を楽しめそうだった。
 那須牛や高原野菜を使った料理に舌鼓をうちながら、福田がおもむろに言った。
「そうですね。たった半年しか違わないのに、理不尽ですよね」
「そうかー? 理不尽とかまで思うかー?」
「思いますよ! もう少し遅かったら福田さんと同学年だったんですよ」
 同学年だったらよかったのにな、そんな風に思うことがある。
 そう言うと、福田は肩を少しあげた。
「つっても、今は大人だし、学年うんぬんってあんまり意識しないじゃん。確かに蒼樹嬢の方が半年年上だけど、なんかあんま年上って感覚ないし」
 蒼樹の予想した通り、福田の反応は相変わらずリアリズムの固まりだ。少しは膨らませてものを考えられないのかと、蒼樹はむっとした。それが福田なのだと言われてしまえばそれで終わりなのだろうが、相手と話を続けようとは思わないのだろうか。
 現実主義なのは大いに結構、そこが問題なのではない。話題を振ったのは福田の方なのに、「はい、そうですね」と切り返すだけだったら、そこで会話が終わってしまう。それでもいいと思えるのは、長年連れ添った、互いのことを知り尽くした夫婦のような間柄だけで、そんな関係でさえも、考え方の相違や長年の鬱憤が爆発して熟年離婚だなんてあるのだから、コミュニケーションを取るということは、大切なことで、努力しなければ成り立たないものなのである。
 おしなべて男性はそういう努力を怠る傾向がある。特に、気心の知れたつきあいになればなるほど、わかるだろ、と勝手に思いこむ癖がある。もしくは、恥ずかしいと思う気持ちもあるのかもしれない。
 けれどそうやってコミュニケーションを怠ると、結局喧嘩になってしまう。
 誰も好き好んで喧嘩をしたいわけではない。
 それになんだろう、今の最後の方の言葉は。失礼な。福田よりも年上であるということを強調されるのも気分が良くないが、年上に見えないと言われるのも癪に触るものだ。
 蒼樹は少しだけ唇を尖らして言った。
「同学年だったらもっと会話があうかもなーとか思いません?」
「うーん。共通の話題はあんのかもしんないけど、それもたかだか一年の違いじゃん。対して差なんかないと思うぜ。それに学生時代の思い出話で盛り上がったことなくね? 俺ら」
「そうかもしれませんね」
「だろ?」
 高原野菜のパスタを皿に取り分けていた福田が、蒼樹に皿を手渡してくる。福田が苦手だというトマトが、福田の分までこっそり蒼樹の皿に乗っていた。毎度のことなので、怒る気にもなれないが福田が見ていない隙に一個ぐらいはトマトを乗せてやろうと福田から皿を受け取りながら思った。
 生トマトを使った料理が出てくると、熾烈な争いが繰り広げられることがある。特にミニトマトが丸ごと一個添えられているようなメニューの場合、食事の最後の最後までトマトをどちらが食べるか争いをしている。
 福田はトマトが嫌いだが、蒼樹は好きでも嫌いでもない。普通に食べることができる。
 食べられる人が食べればいいのだと福田は言い、少しでも食生活の偏りをなくして欲しいと蒼樹は主張する。
 さりげなく相手の皿にトマトを置くと、相手が気を緩めている間に、またさりげなく移し変える。無言の応酬を何回か繰り返した後、食事の最後までそのトマトが残った場合は、結局互いの主張を言い張りながらどちらかが折れるということを繰り返している。
 今のところ七勝八敗と、福田に一勝だけ勝ち越されている。次こそは福田に食べてもらうのだからと、蒼樹は乗せられたトマトを見ながら思っていた。
 一瞬のうちに物思いに耽っていた蒼樹は、今の今まで何の話をしていたかすっかり抜け落ちてしまっていた。
「でも、どうしてそんなにこだわんの?」
「何がですか?」
「だから、同学年だったらよかったのにって、言ったじゃん。ていうか、俺の話聞いてんの?」
「福田さんがトマトを全部私のお皿に乗っけるから、ついついそっちに意識が行ってしまったんです」
「ちっ……ばれてるか」
「当たり前でしょう? これだけあからさまにトマトを大量に乗っけられたら、誰だって分かります。一個は食べてくださいね」
「えーやだよ」
 やはりそう言うか、と蒼樹は思いながらも、容赦なく福田のパスタ皿にトマトを一個だけ移した。
「えー、じゃありませんからね! この間も福田さんの分のトマトを私が食べたんですよ? トマトが嫌いなら、トマトのないものを頼めばいいのに、どうしてトマトが入っているものを頼むんですか。好き嫌いはないほうがいいですけれど、いっつも大量のトマトを食べさせられるこちらの身にもなってください。たまにはそういう気遣いがあってもいいと思います」
「だって、これがうまそうだったんだ! トマトは確かに入ってっけど! 彩りがいいっていうか?」
「彩りとか考えられるんですから、どうしてトマトが食べられないのか不思議で仕方がありませんよ!」
「いーじゃん! 彩りは綺麗だけど味は苦手なの!」
 不思議な人だ。蒼樹は納得がいかなかったが、延々とこの話を繰り返していても仕方がない。これが出先でなければ、はっきりさせるまでしつこい程に話をするかもしれない。蒼樹の性格上、白黒はっきりさせないと気が済まないからだ。
 でもここは観光地で、レストランだ。
 酷い言い争いは避けるべきだし、しかも理由がかなり小さなものである。
 蒼樹は小さく首を振ると、フォークでぷすりとトマトを刺した。
「先ほどの質問の回答ですけれど、それは乙女心だと思います。たぶん」
 同学年であったらよかったのにと、どうしてそこにこだわるのかという福田の疑問への答えだ。
「たぶん、かよ」
「もし、私と福田さんが同じ学校に通っていたとしましょう。そして、面識があったとしましょう。そのときお互いのことが好きで、つき合っていたかもしれません。そうしたら、私が一学年上で、福田さんが一学年下。私が先に卒業をしてしまうわけじゃないですか。たった半年の差しかないのに。同学年だったら、もっとそばにいれるし、同じ時間をもっと過ごせるのになって……まあ、たとえばの話ですよ。そういう感じの乙女心というものがあるんですよ」
「マンガの読みすぎなんじゃねえか?」
 福田は呆れたように苦笑していた。
「福田さんに言われたくないですね」
 マンガの読みすぎじゃないか、なんて、漫画家の言うことか。現実はありえそうになくて、でも現実ともどこかでリンクしている。そんな非現実社会を作品の題材にしながら、少年誌で連載している作家が使う言葉ではない。
 マンガをほとんど読まず作家になった人もいるだろうが、ほとんどの作家はマンガが好きで、マンガの虫になるぐらい読み込み、台詞も逐一覚え、空で言えるぐらいのマンガオタクが多い。
 目標があって、憧れがあって、そういうきっかけを元に漫画家になる。
 蒼樹はそうだったし、福田の話を聞く限り、彼も蒼樹と同じである。
 だから、マンガの読みすぎだなんて、福田から言われるのは心外である。
 そうだ、マンガの読みすぎである。
 それは認めよう。その世界に憧れているのも認めよう。
「でもさー、現実は違うし、俺らは学生でもないし、大人だし。会いたいときには会えるし、逆に会えないときもあるけど、それには理由があるってわかってるし。同じところを目指してて、それをお互いに理解してるっていう、今の状況は、学生時代より、もっとずっと濃い関係だと思うけど。違う?」
 マンガの世界に憧れていても、それを越えるものがこの現実にはあることも認めよう。
「俺は、学生時代に出会ってたらとか考えるより、今の方が幸せだと思う」
 現実主義と理想主義。真反対に位置するはずのその考え方は、真反対だからこそ背中合わせの表裏一体。振り返ればすぐそこに、相手の顔がキスできるほどにそばにあるような、そんな近しい考え方なのかもしれない。
 理想に近づくためにより現実を注視し、現実を見ているそれだけでは未来に向かって一歩も先へ進むことができないから、理想を求める。
 この世にあるものの見方考え方は、常に否定しあうものばかりではない。
「そんな風に考えてたんですか」
「何だよ、悪いかよ」
 蒼樹はさぞかし驚いたとばかりに目を見開いていた。福田の少しふてくされたような態度に、蒼樹は目を見開いたまま首を振った。
「そんなわけないじゃないですか。私、今告白されたんですよ? うれしくないわけないじゃないですか」
「お、おう」
 今が幸せだと、恋人からそう言われてうれしくないはずがない。
「変えられないことや、過去のことを振り返って、過去に戻って夢見て、ああだったらよかったのにとかそんな風に思うのはやめます。」
 蒼樹は薄く笑った。
「本当は、たった半年でも私が年上なことに、ちょっとコンプレックスを持ってるんです」
「年齢なんか関係ないだろ。しかも半年。さっきも言ったけど、俺には蒼樹嬢が年上にはなんとなく思えないんだよなあ。いろんな意味でな?」
「本当に失礼ですね」
「そうそう、そうやって言い返すのが蒼樹嬢なんだよな」
 きっ、とたれ目気味の目尻を少しだけつり上げて福田を睨む蒼樹の顔を指さして、福田は目を細めた。
「そんなコンプレックス持ってたんだ」
「そうですよ。女の人って幾つになっても年齢を意識するものだと思うんですよ。年上好きか、年下好きかでも変わってくるのかもしれないですけど、私は好きな人より年上だっていうことに、コンプレックスを抱く性格みたいで」
「あれだろ、男に守ってもらいたい意識が強いんじゃねえの?」
「そうでしょうか?」
「なんとなくさ。そんで強い男、頼れる男のイメージつーと、年上って感じなんじゃねえの」
「……それはあるかもしれません」
「年上年下関係ねえけどな! なんかそう言われると、俺もコンプレックスになりそうだわ!」
「え?」
「だってそうじゃん?」
 誰にだってコンプレックスはある。性格や容姿、能力。他人と勝手に比較して、コンプレックスを生み出すのは決まって自分自身だ。
 コンプレックスを持たない人なんて、ほとんどいないだろう。誰しも大なり小なりコンプレックスを持っている。蒼樹が福田との年齢さにコンプレックスを抱いているように、福田にだってコンプレックスはある。
「頼りないって思われてんのかなって、男としては情けないじゃん。」
「そうですか……」
「そうだよ。」
 他人と比較してしまうのは、人にどう思われているか気になるからだ。どう思われているか気になる人がいるからだ。
「私、失礼なことしちゃいましたか?」
「失礼つーか、俺は、何も心配いらねーんじゃねえの! って言いたいだけだ」
 そうやって他人の顔色や視線を気にしてばかりでは息苦しい。
 行きすぎた卑屈さは、自分を傷つけると同時に相手をも傷つけてしまう行為だ。それでは誰も幸せになれない。
「たった半年だぜ?」
 蒼樹との年の差なんて、たった半年だ。たかだか半年で、年上年下と区別されたくない。たった半年年下だからって、確かに学年は違うとも、頼りない男だなんて思われたくない。
 冗談ではなく本当に、蒼樹の抱えるコンプレックスが、二人のコンプレックスになってしまう。
 たった半年の誕生日の差だけで。
 なんてばかばかしい話だ。福田は鼻で笑い飛ばす。
「三月と、七月。春と夏だ。季節は隣同士だし、真ん中バースデーは五月だ!」
「真ん中バースデー?」
「お互いの誕生日のちょうど半分の日。五月十九日だぜ! すげー過ごしやすくて、すげー綺麗な季節だぜ? 俺五月って大好きなんだ。暑くもないし、寒くもない。外に出るには最高に天気だし。俺の好きな季節が俺らの真ん中バースデーだから、俺はついてるなーって思ってんだ。」
 いつの時間も、その時間でしか体験できない、体感できないものがある。過去にも未来にも現在にも、その時々の環境によって、それぞれの幸せな時間があるものだ。
 その環境は、居場所、年齢など様々な要因が合わさったものだ。それらはすべて自分という存在をつくりだすものだ。
 その環境次第で受け止め方が変わってくる。
 同じ映画を二度三度と見ても、常に発見があるような、そんな良質な映画を見たときと同じように、人生にはその年齢、その時々でしか味わえないものが確かに存在する。
 それが人生というものであり、恋愛というものであり、そのために後悔しないために、今が幸せだと思える人生を歩むことだ。
「なんだか、やっぱり福田さんって、すごくポジティブですよね」
「おう。人生考え方一つだぜ?」
 それはたった一つ、心がけ次第でどうにでも変われるもの。
 考え方、見方を一つ変えるだけで、一筋の光が射し込むようだ。
「そうですね」
 全くその通りだった。年齢なんて関係なく、福田は蒼樹より大人だった。
 時々誰よりも子供っぽい理由をつけてだだをコネるのに、時々誰よりも大人な意見を言う。
 トマト一つでムキになって、人生について力説する。
 全く、不思議な人だ。
「その真ん中バースデー、お祝いしましょうか?」
「だな」
「私たちの真ん中バースデー」
「おう」

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