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smile lunch

 あと5分で午前の授業が終わってしまうのかと思うと、優梨子はそわそわと落ち着かなくなっていた。
 教壇の上の時計を見ては、次第に大きく波打つ胸に、落ち着かせようとするかのように手を置いた。
 席順は名前の順だったので、優梨子はほとんど一番前だった。
 今のクラスでも一番前。青木の次は、浅田、朝比奈と続いて井口だ。男女混合の順番だったから、優梨子の周りはなぜか男ばかりで、優梨子はこの席順が嫌で嫌で堪らなかった。
 授業中に寝ているならまだいい。喋りだすと集中力を欠くし、なによりうるさい。休み時間中も何が面白いのか、ずっとうるさく笑っているし、ときどきグラビア雑誌なんかを大ぴらに広げているものだから目のやり場に困る。
 少しでも席を空けようものなら、許可も得ずに勝手に椅子に座っているし、挙句の果てには、本人が戻ってきても退く様子がない。
 うるさくて、野蛮で、少し怖い。
 だから、この席が大嫌いだ。

 気の抜けたようなチャイムが鳴った。
 号令係の「起立」という号令が掛かって、がたがたと椅子を引く音が、教室中に響き渡った。気を付けも、礼も、生徒の大半がまともにやっていなかったけれど、教師は教材を抱えて廊下に出て行った。
 優梨子はごくりと唾を飲み込んで、意を決した。


「はい」
 目の前に突き付けられた黄色のバンダナに包まれた何かと、その包みを突き出している女の顔を福田は交互に見て、若干顔を引き攣らせながら首を傾げた。
「なにこれ」
「お弁当です」
 決定的な一言に、福田はますます顔を引き攣らせる。
 わかっている。
 昼休みに入ったこの時間帯に渡される、それらしき形の包みなんて、弁当以外の何物でもないだろうということはわかっている。青木にCDやDVDを貸した覚えはないし、貸し借りするほど趣味があうわけではない。
 いきなり突き出された黄色い包みにどうしたらいいのかわからない。
「……なんで?」
 それは至極当然に、福田の口から発せられるべき言葉だ。
「ラーメンばかりは体によくないでしょう。たまにはちゃんとバランスのとれた食事をしたほうがいいと思います」
「だからこれ?」
 こくんと頷いた青木は、クラス一、学年一、もしくは学校一の美人だと言われている。その美女がクールな表情で福田を見下ろしていた。その表情からは青木の真意をくみ取ることが難しくて、福田は傾げた。
「教室で渡すのは気が引けたので。呼び止めてしまってごめんなさい」
「あ、ちょっと」
 福田に弁当を手渡すとそそくさとその場を立ち去ってしまう青木の背中に福田は声をかけて追い縋ろうとするが、青木は予想よりも早いスピードで廊下の角に消え去ってしまった。
「……教室で渡すのも、廊下で渡すのも、ぶっちゃけ変わらないどころか、廊下のほうが恥ずくねえか?」
 昼休みで各々食事をとるために散り散りになる生徒の溢れる往来の真ん中で、黄色い包みを片手に一人取り残された福田は、ぽつりと呟く。それと同時に、背中をばしっと叩かれて、福田は息を詰まらせた。
「あ・お・きさんの、手作り弁当~?ヒュゥ~♪」
「羨ましいヤローだな」
「ち、がっ!」
 一緒に食堂に行こうとしていたクラスメイト数人が、にやにやと厭らしい笑みをその顔にたたえて、口々にはやし立てた。
「違うもなにも、俺ら見ちゃったもん、目の前で」
「だー!! うっせえ!!」
「お前らつきあってんの?」
「付き合ってねえし、別に好きでもねえし、なんでそういう風にとられるのかわかんねえし。俺はどちらかというえば、あの女は嫌いだっ!」
「またまたぁ~何言ってんの?」
「仲良しじゃん」
「小学校から高校まで、なぜか学校が同じなだけだ」
「運命の相手ってやつ?」
「嫌いは好きってことだな」
「なんでそうなる!」
──だから、あいつの考えはどっか抜けてやがるんだっ!だから嫌なんだっ!こうなるって予想できるから嫌なんだっ!
 そう心の中で毒づきながら、福田は友人の背中に飛び蹴りをかまそうとした。けれど友人たちはげらげら笑いながら、
「お幸せに~」
 なんて冷やかしながら、食堂へ走って行ってしまった。
「あん……のやろおおおおおお!!!!」
 福田の叫びは誰に届くだろうか。


 午後のホームルームが終わり、青木は図書室で借りていた本を返却ボックスへ返すと、静かにドアを閉めて階下へ降りた。文芸部の活動は週2回。今日は部活は休みだ。友人を昇降口に待たせている。今日は友人の買い物に付き合って、最近お気に入りになったセルフのコーヒー店へ足を運ぶつもりだ。
 ホームルーム棟の最上階にある図書室へは午後になるとめっきり人はこない。図書室に寄った数分の間に学生のほとんどは引波のようにホームルーム棟から姿を消していた。蒼樹の階段を下りる足音だけが響く中で、3階まで下りてきたとき、
「青木!」
 と後ろから声が掛かった。
 振り返ると福田がいて、青木が返事をする前に何かがゆっくりと放物線を描いていた。慌てて蒼樹が手を広げてそれを受け止める。
「サンキュー、うまかった」
「え?」
 うまく受け止めきれなくて、わたわたと弁当箱をなんとか落とさないように奮闘していた青木に、福田が笑いながら言った。途中、「ダセェ」と聞こえたような気がしたけれど、そんなことは気にならなかったぐらい、ドキッとした。
「本当?」
「おう。だけどなーお前、量が少なすぎるっ!あんなちっこい弁当で育ちざかりの男が満足できると思うのかっ!もう腹減ってきた。帰りにラーメン食って帰りたいレベルで」
「そ、そうなんだ……」
「そう! だから、じゃーな!」
 そう言いながら、ぺしゃんこの何も入っていなそうな鞄を肩に引っ掛けて、履きつぶして汚くなっている上履きをドダドダ鳴らしながら一段抜かしで階段を駆け下りて行った。踊り場につくたび、どだん、と飛び降りているようで、いつまでたっても大きな音が階下から響いていた。


「なに見てんのよ」
 ぼーっとしていた青木に、友人が隣からくつくつ笑いながら声をかけてきたので、青木は慌てて手に持っていたそれをディスプレイに置きなおした。
「な、なんでもない」
「福田のお弁当箱でも買うつもり?」
「ちっ、違うっ!」
 少し斜めに置かれた、大きめの弁当箱は、明らかに男性用だった。
「照れなくても。どうせ今日作ってきたくせに。あんなところで渡す? 普通? 付き合ってないのが信じられない」
「つ、付き合うとかそういうの、絶対、ないっからっ」
「好きなのに?」
「好きじゃないってば! どちらかといえば嫌いなの!」
 付き合ってもいなければ、好きでもない男に弁当を作る女が、母親以外に誰がいるのだろうか。しかも青木も福田も二人とも同じことを言う。
 どちらかといえば嫌い。
 全く何を言っているのかわかっているのだろうか、と彼女は思い笑った。
「素直じゃないな~。もう、好きです、って顔に書いてあるのに」
「え」
「バレバレだと思うんだけどね」
「う、嘘っ!」
「自覚ないとか、ありえない~」
「嘘でしょう!?」
「え~? そんなの福田に聞けば~?」
 そういって、買わないの? と、さっき青木が持っていた弁当箱を指差した。
「かっ、買わないっ!」
「素直じゃないね~」
 福田にはしばらく小さい弁当で我慢してもらうしかない。

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