コンビニ
深夜のコンビニは昼間と違って多くの客が来るわけではない。
コンビニにもリピーターというものが存在する。
同列店で店舗数も多く、近い距離で何店舗もある地域だってあるが、決まった店で決まった時間に大抵現れるリピーターという存在がいる。客商売であればどの業種でも同じだと思うが、リピーターの重要度はコンビニでも同じだ。リピーターがいるかいないかで、仕入れの内容も変わってくる。本社だってどれだけリピーターがいるか管理するぐらいだ。大抵は近所に住んでいる人がそれにあたるわけだ。
深夜になると昼間よりも顕著にリピーターの存在が目立つ。
二十四時間営業で便利なコンビニ。でも、一般人の多くの人は、深夜帯というのは家か、もしくはそれに相当するところで就寝しているものだ。
福田と同じように夜に働いているか、遊んでいるか、所謂夜型人間しか店には来ない。
今日もこの時間、スーツをぴっちり着込み、髪を後ろに流したメガネの男が、ぴろり~んという来店を告げるドアベルの間抜けな電子音を鳴らして入ってくる。
その男は、サラリーマンではないだろう。サラリーマンにしては腕時計やメガネ、そしてスーツが高級すぎる。ホストかそれに相応するものか、とも思ったがそれにしてはちゃらちゃらして雰囲気がない。それじゃあ、やくざかちょっと怖い系の人か、というとそうでもなさそうだ。確かに隙はなさそうに見えるのだが、時折ぼーっとしていたり、くしゃみをしていたり、本当に時々、なんだかかわいい表情をしているときがある。
男にかわいいというのも変な話だが、そういう形容が一番似合う感覚なのだ。
これをどういう風にその人の動作がかわいいかを言葉でするには難しいかもしれない。なにしろ、それは福田の感覚だった。
福田はレジの向こう側から雑誌コーナーで立ち読みをしているそのスーツの男を見ていた。
深夜のコンビニ。客は一人。レジの中にいる店員は福田一人。単調な時間。何もすることがない。あくびがしたくなった。顔に手を当てても隠し切れないくらいの大あくびだ。でも誰も注意する人なんて今いない。
ああ、眠い。
昼間は新妻のところでアシスタントとして仕事場に出入りしている。アシスタントの仕事がある日もない日も深夜のコンビニバイトはほぼ毎日といっていいぐらいのシフトを入れている。昼間は漫画を描いて、仕事をして、夜はバイト。この生活から早く脱却したい。連載したい。もう少しで連載までいける!そう思ったのに、ライバルに先を越されてしまった。
ライバルの存在は福田にとってなくてはならない存在になった。意識できる相手がいるということは、モチベーションになり、それが自分の作品に直接的に表れてくる。自分の作品を冷静にそして客観的に見られるようになる。それができないと、ライバルより面白い作品であるかどうか、どこがだめなのか、わからなくなってしまう。
先にプロになったライバルや、師匠である新妻と同じ舞台に早く立ちたかった。
早く同じ紙面にのって競い合いたかった。
だから担当の戦略不足には相当いらだったけれど、それはもう運と言うほかないか、と思って作品の質をあげることに全力をあげている。
福田はもう一度あくびをしかけたが、バックヤードからバイトの先輩が戻ってきて慌ててあくびをかみ殺した。
「相変わらず暇だなー」
「そうっすねー」
先輩と話しながら、ぼうっと店内を見た。レジから反対側のドリンク類が陳列されているほうの壁にかけられた時計をなんとはなしに見ていたけれど、見ていただけであって情報として頭の中に記憶されない。
駅前であるにも関わらず、いつにもまして今日は客が少なかった。
そしてまたぴろり~んと間抜けな電子音が鳴り、反射的に口を開いた。
「いらっしゃいま、っ!」
ゴン、と鈍い音がした。それは自分の膝を勢いよく床に打ち付けた音だった。
福田は声にならない悲鳴をあげた。
「おい、ちょっと、どうしたよ?」
いきなりしゃがみこんだ福田を心配そうに覗き込もうとする先輩に、福田はこっちを向くな馬鹿、と心の中で罵った。
「今、俺に話しかけないでください」
「はあ? あ、いらっしゃいませー」
ひいっ、と言ったのはちゃんと心の中だったはずだ。大丈夫声には出ていない。
福田は打った膝の痛みなど忘れてレジの向こうの気配を伺っていた。バーコードを読み取る音が聞こえて、先輩がレジを操作しているのがわかる。福田はレジ台の下に移動すると、レジ台の薄い一枚の板の向こう側──会計をしている客の方をじとりと睨むように見た。見たとは言っても、実際には足先すらも見えない。レジ台がつくる暗い影だけだ。
「420円になります。500円でよろしいですか?」
「はい」
客が出した、たった一言のその声に、福田は、うお、とまたしても心の中で声をあげる。
「80円のお返しです。ありがとうございましたー。」
下に隠れていても客がレジから離れていくのが気配でわかる。それくらい福田は神経を尖らせていた。
ぴろりーんと電子音が鳴って、客が店から出たのがわかった。
「ふう……」
福田はようやくレジ下からはい出した。
「なんなんだ、お前」
「いえちょっと、気持ち悪くなりまして」
「はあ?」
腑に落ちない先輩の声は、至極まっとうな反応だろうなと福田は思った。そもそも隠れた理由を説明しろと言われても、福田にもうまく説明できそうにない。ただ、今の客が来たから、とりあえず身を隠そうと咄嗟に思っただけの話だ。問いただそうとする先輩のほうをちらりとも見ないで、福田は、今、客が出て行った入口のほうを見やった。
店の目の前に横断歩道がある。
手押し信号がちょうど青色に変わるところだった
おそらく、カツカツと高くはないヒールの音が、人が少ない深夜の道路に響いていることだろう。視力がいいのは昔からの自慢だ。
「なんであいつがここにいんだよ」
信号を渡るボブカットの女の後ろ姿に、福田は未だ収まらない動悸に、胸を手で押さえるように撫でた。
コンビニにもリピーターというものが存在する。
同列店で店舗数も多く、近い距離で何店舗もある地域だってあるが、決まった店で決まった時間に大抵現れるリピーターという存在がいる。客商売であればどの業種でも同じだと思うが、リピーターの重要度はコンビニでも同じだ。リピーターがいるかいないかで、仕入れの内容も変わってくる。本社だってどれだけリピーターがいるか管理するぐらいだ。大抵は近所に住んでいる人がそれにあたるわけだ。
深夜になると昼間よりも顕著にリピーターの存在が目立つ。
二十四時間営業で便利なコンビニ。でも、一般人の多くの人は、深夜帯というのは家か、もしくはそれに相当するところで就寝しているものだ。
福田と同じように夜に働いているか、遊んでいるか、所謂夜型人間しか店には来ない。
今日もこの時間、スーツをぴっちり着込み、髪を後ろに流したメガネの男が、ぴろり~んという来店を告げるドアベルの間抜けな電子音を鳴らして入ってくる。
その男は、サラリーマンではないだろう。サラリーマンにしては腕時計やメガネ、そしてスーツが高級すぎる。ホストかそれに相応するものか、とも思ったがそれにしてはちゃらちゃらして雰囲気がない。それじゃあ、やくざかちょっと怖い系の人か、というとそうでもなさそうだ。確かに隙はなさそうに見えるのだが、時折ぼーっとしていたり、くしゃみをしていたり、本当に時々、なんだかかわいい表情をしているときがある。
男にかわいいというのも変な話だが、そういう形容が一番似合う感覚なのだ。
これをどういう風にその人の動作がかわいいかを言葉でするには難しいかもしれない。なにしろ、それは福田の感覚だった。
福田はレジの向こう側から雑誌コーナーで立ち読みをしているそのスーツの男を見ていた。
深夜のコンビニ。客は一人。レジの中にいる店員は福田一人。単調な時間。何もすることがない。あくびがしたくなった。顔に手を当てても隠し切れないくらいの大あくびだ。でも誰も注意する人なんて今いない。
ああ、眠い。
昼間は新妻のところでアシスタントとして仕事場に出入りしている。アシスタントの仕事がある日もない日も深夜のコンビニバイトはほぼ毎日といっていいぐらいのシフトを入れている。昼間は漫画を描いて、仕事をして、夜はバイト。この生活から早く脱却したい。連載したい。もう少しで連載までいける!そう思ったのに、ライバルに先を越されてしまった。
ライバルの存在は福田にとってなくてはならない存在になった。意識できる相手がいるということは、モチベーションになり、それが自分の作品に直接的に表れてくる。自分の作品を冷静にそして客観的に見られるようになる。それができないと、ライバルより面白い作品であるかどうか、どこがだめなのか、わからなくなってしまう。
先にプロになったライバルや、師匠である新妻と同じ舞台に早く立ちたかった。
早く同じ紙面にのって競い合いたかった。
だから担当の戦略不足には相当いらだったけれど、それはもう運と言うほかないか、と思って作品の質をあげることに全力をあげている。
福田はもう一度あくびをしかけたが、バックヤードからバイトの先輩が戻ってきて慌ててあくびをかみ殺した。
「相変わらず暇だなー」
「そうっすねー」
先輩と話しながら、ぼうっと店内を見た。レジから反対側のドリンク類が陳列されているほうの壁にかけられた時計をなんとはなしに見ていたけれど、見ていただけであって情報として頭の中に記憶されない。
駅前であるにも関わらず、いつにもまして今日は客が少なかった。
そしてまたぴろり~んと間抜けな電子音が鳴り、反射的に口を開いた。
「いらっしゃいま、っ!」
ゴン、と鈍い音がした。それは自分の膝を勢いよく床に打ち付けた音だった。
福田は声にならない悲鳴をあげた。
「おい、ちょっと、どうしたよ?」
いきなりしゃがみこんだ福田を心配そうに覗き込もうとする先輩に、福田はこっちを向くな馬鹿、と心の中で罵った。
「今、俺に話しかけないでください」
「はあ? あ、いらっしゃいませー」
ひいっ、と言ったのはちゃんと心の中だったはずだ。大丈夫声には出ていない。
福田は打った膝の痛みなど忘れてレジの向こうの気配を伺っていた。バーコードを読み取る音が聞こえて、先輩がレジを操作しているのがわかる。福田はレジ台の下に移動すると、レジ台の薄い一枚の板の向こう側──会計をしている客の方をじとりと睨むように見た。見たとは言っても、実際には足先すらも見えない。レジ台がつくる暗い影だけだ。
「420円になります。500円でよろしいですか?」
「はい」
客が出した、たった一言のその声に、福田は、うお、とまたしても心の中で声をあげる。
「80円のお返しです。ありがとうございましたー。」
下に隠れていても客がレジから離れていくのが気配でわかる。それくらい福田は神経を尖らせていた。
ぴろりーんと電子音が鳴って、客が店から出たのがわかった。
「ふう……」
福田はようやくレジ下からはい出した。
「なんなんだ、お前」
「いえちょっと、気持ち悪くなりまして」
「はあ?」
腑に落ちない先輩の声は、至極まっとうな反応だろうなと福田は思った。そもそも隠れた理由を説明しろと言われても、福田にもうまく説明できそうにない。ただ、今の客が来たから、とりあえず身を隠そうと咄嗟に思っただけの話だ。問いただそうとする先輩のほうをちらりとも見ないで、福田は、今、客が出て行った入口のほうを見やった。
店の目の前に横断歩道がある。
手押し信号がちょうど青色に変わるところだった
おそらく、カツカツと高くはないヒールの音が、人が少ない深夜の道路に響いていることだろう。視力がいいのは昔からの自慢だ。
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信号を渡るボブカットの女の後ろ姿に、福田は未だ収まらない動悸に、胸を手で押さえるように撫でた。
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