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DECO-CHU★

 玄関ドアを開けて福田を出迎えた蒼樹の姿を、福田は頭のてっぺんから足のつま先まで、往復二回は見て首を傾げた。  インターフォンを押して応対した蒼樹がいつになく慌てているので、どうかしたのかと若干気を揉んでいたので、余計に蒼樹の行動が不可解だった。
「何してんだ……蒼樹嬢……?」
 玄関先に出るときやゴミ捨てなど、わざわざ靴を履くのは面倒なために古くなったサンダルを玄関に用意している。そのサンダルを履いて、片手で玄関ドアを開けている蒼樹は、首を傾げる福田に慌てて叫んだ。
「みっ、見ないでくださいっ!」
「見ないでくださいって言われてもなあ……手で、でこ隠してちゃ、目も行くだろ。何かあったのか?」
 左手は玄関のドアノブを握り、右手でなぜか額を隠している。しかもその様子は頑なだった。
「何も!何もないですから!気にしないでください。とりあえず、部屋に入ってください。」
 気にするな、見るな、と言われても、気になるものは気になるし、気になるから見てしまう。
 蒼樹が何を隠しているのか気になる。動揺して焦るほど、何を隠しているのだろう。福田が現れたことに対して、焦り、隠したいと思っていることは、明白だった。
 福田に隠したい何か。
 それは何だろう。
 気になるから、ますます蒼樹の顔に目が行く。
 見ないでくださいと喚く蒼樹を無視して、福田の両手が、にゅっと伸びた。
「おりゃっ!」
「きゃあ!」
 額を隠していた蒼樹の両手を、福田の手が押さえつけた。案の定、激しい抵抗があったが、蒼樹と福田の体力さは、どう考えても福田のほうがある。蒼樹が福田に力で勝てるはずがなく、抵抗しようにもほとんどできない状態だった。
 蒼樹は顔を真っ赤にして叫んだ。喚く蒼樹に対して、福田は、なんだ、と拍子抜けしてしまった。
「うあああああ!見ないでくださいよお!うううう、恥ずかしい……」
「なんだよ、寝癖かよ。」
 両手を離した瞬間に、ぴょこんと上を向いた毛束が、蒼樹の体が揺れる度に、ぴょんぴょん跳ねる。
 きゃんきゃん吠えているチワワか、ダックスフンドみたいだなと喚く蒼樹を見下ろしながら思った。
 蒼樹は拍子抜けして軽く脱力している福田に、顔を赤くしながら眦をつり上げた。
「なんだよ、じゃないですよ!恥ずかしいじゃないですか!」
「まあ、確かに強力な寝癖みたいだな。」
 いつもはきれいに整えられている蒼樹のボブカット。少し重めの毛足が特徴的だ。栗色の毛がみごとに上に向いている。どんな寝方をしたら、そんな強力な寝癖がつくのだろう。福田の場合、後頭部が鳥の巣状態になることはよくあるが、派手に前髪が立つことはない。
 ぴょこんとたった前髪を掴んだ。
「そうなんです。朝から何をやってもダメで。シャンプーすれば直るんでしょうけど、そんな時間なんかなくて。福田さん来ちゃうし。」
「寝坊したんか。」
「そういうことだってあります。」
「珍しいじゃん。」
 唇を尖らして、福田が掴んでいる前髪を、恨めし気に上目で見た。
 デートの日だというのに、寝坊をしたうえに、寝癖までついて、しかもそれが全く言うことを聞いてくれない暴れ馬な寝癖だとは、今日は幸先がよくない。しかもそれが、福田にすべてばれてしまうなんて、恥ずかしいことこのうえない。
「夜更かしでもしたか?」
「し、してませんっ!」
 実は今日のデートのために服を選んだり、メイクはどうしようかなどと悩んでいたりしたら、とっくに深夜だったのだとは、寝癖以上に恥ずかしい。自分自身の行動に、どれだけ福田とのデートが楽しみで浮かれていたのか、と思わず突っ込みたくなる。結局その夜更かしのせいで、寝坊という最悪の事態になってしまった。考えるだけでも恥ずかしい。
 あまりにも浮かれすぎている。
 それを福田に知られるのはもっと恥ずかしい。
 だから慌てて否定をしたのだけれど、ぐさりと図星をつかれたものだから、動揺してしまって無駄に声が揺らいでしまった。
 福田は蒼樹のそんな気持ちに気づいてしまったのかもしれない。くくっと笑いを押し殺しながら言った。
「まあ?いいんじゃねえの?」
「どこがですかっ!」
 何がいいのかわからない。寝癖も寝坊も、そんな失態をしてしまった浮かれた自分も、福田には知られたくない恥ずかしい部分でしかない。
 隙なく、卒なく、クールに行こう、とそこまでは思っていないが、好きな人に対して、出来れば失態はしたくない。今日の蒼樹は、実に失態ばかりだ。こんなはずでは……そう思わずにはいられない。
 うう、と呻く蒼樹に、福田は相変わらず喉の奥で笑い声を押し殺して言った。
「でこ出してるのも、かわいいと思うぜ。新鮮。」
「かっ……!?」
 開いた口が閉じられない。
 呆れたわけじゃない。驚きすぎて、蒼樹は反応の仕方を忘れてしまう。かわいいだなんて、福田の口から飛び出てくるとは思わなかった。
「ちょっ、な、何を!何を言っているんですかっ!」
 不本意ながら、昨夜の夜更かしは無駄ではなかったということなのか。跳ねる寝癖を両手で押さえつけて、蒼樹は福田と距離を取る。すでに両手は離されていて、蒼樹は福田の胸に手を置いた。
 恥ずかしすぎて、顔が熱い。顔を見られたくなくてうつむいた。
 顔を見られないぐらい離れたい。でも、離れたくない。
 腕を少し伸ばしただけ距離。それが今の蒼樹の心境そのものを表している、精一杯の距離だ。
 そんな蒼樹の頭上から、とうとう堪えきれなくなったのだろう、福田がケラケラ笑った。そして、もう一度手を掴まれる。
 蒼樹は、ハッっとして顔を上げた。
「ほらよ、これ、貸してやる。」
「……髪留めですか?」
 福田がポケットから出してきたのは、黄色地にピンクのドットがプリントされた髪留めだった。
「やってやるから、こっち来いよ。」
 そう言われて、掴まれた手を引かれた。またしても距離が縮まって、蒼樹は俯いてしまう。
「ほら、顔上げろって。」
「うう、恥ずかしいです。」
「我慢しやがれってんだ。」
 福田の指が蒼樹の額を掠めていって、寝癖で立った髪の毛に触れた。
 毛束をくるりと捻って、髪留めでとめた。
「……手慣れてますね……。」
「仕事中は前髪あげてやってんだ、最近は。」
「そうなんですか。」
 冬でも夏でも室内だろうが関係なしに、帽子をかぶっているのが福田さんの特徴である。その帽子をついに脱ぐとは、何か心境の変化でもあったのだろうか。そう思っていたら、福田が真面目な顔をして言った。
「そうしたら、涼しいのなー。俺の頭、蒸れてたんかな?」
「……今更ですね……」
 今更当たり前のことを、さも最近気づきましたと宣言しているのだろう。逆に暑くないのかと、何回聞いたことだろう。その都度、これが俺のポリシーだなんて、大口を叩いていたのは、どこのだれだ。
 今度こそ蒼樹は呆れて、開いた口が塞がらなかった。やれやれと首を振った。
 でも確かに、額を出しているのは蒼樹も新鮮だった。額に空気がすーすー当たっている感覚がする。なかなか自分では前髪を上げようとは思わなかった。額を出すのが恥ずかしいと思う方だった。
 けれど、福田がかわいいと言ってくれるなら、今度から前髪を上げるヘアスタイルもいいかもしれない。
 器用にあげた前髪が気になって、手が伸びる。
「それにしても、水玉柄って……福田さんの趣味なんですか……?」
 黄色とピンクの水玉柄なんて、福田の趣味とは到底思わなかった。けれど、それじゃあ誰かが買ってくれたのだろうか。
「ファンから貰ったんだよ。コミックスのコメント欄に、前髪が鬱陶しいとか書いたら、結構たくさん貰ったんだよね。」
「ファンですか……。」
 きっとそのファンは女性だろう。じゃなかった、このセンスはなかなか考えつかない。
 ファンに女性がいないとは思わない。蒼樹が少年ジャンプで女性漫画家として活躍しているように、少年ジャンプは少年を対象にしてはいるものの、読者は少年だけではない。少女もいるし、大人の男性も女性も、老若男女問わず幅広くいるはずだ。
 福田の作品が少年向けだとしても、それが好きだという女性ファンもいるというのは理解できる。
 しかしながら、顔の見えない女性ファンだろうがなんだろうが、自分以外の女性からのプレゼントと聞いて、嬉しい気分にはならない。
 しかも頻度が高く身につけるものとなると、ますます嬉しくない。
 蒼樹はむくむくと沸き上がる嫉妬心で、蒼樹はついつい
口を滑らしてしまった。
「わっ、私も福田さんにプレゼントしますっ!」
「な、なんだよ。いきなり。」
 仕事で身につけるものをプレゼントできるなんて、この上なく嬉しいことだ。漫画道具はこだわりがあるだろうから、なかなかプレゼントすることはない。
 仕事はほぼ毎日あるわけで、最近の仕事中は前髪を上げているということだから、毎日身につけるものということになる。
 毎日身につけるものをプレゼントするというのは、かなり特別な印象を抱かせる。
「そうと決まれば、行きましょう!」
「はあ?まじで、いきなり、なんだあ!?」
「ほらっ!いきますよ!」
 本当は、デートをする予定だったわけだ。蒼樹の寝坊と寝癖のせいで、二人とも忘れてしまいそうだった。
 蒼樹はうまく寝癖が隠すことができたおかげで、安心して外に出られると、福田をせき立てたい気分だ。
 ころころと表情が変わる蒼樹に、福田は部屋に来てから全く飽きないな、とまた笑った。
 クールビューティーと言われた蒼樹はどこへなりを潜めているのだろう。その片鱗は全く見えない。
「そんじゃあ、それ、蒼樹嬢にやるよ。また寝癖なったときにでも、カモフラージュに使えば。」
「いやです。」
 即答した蒼樹に、福田は思わず声を裏返した。
「はあ!?」
 福田が使っているものを貰えるというのは、特別な存在であるというのを象徴しているようでうれしいが、女性から貰ったプレゼントだったら別だ。
 他人からプレゼントされたものを貰って嬉しがる人なんて、ほとんどいないだろう。とくに好きな人や、恋人から貰うとなったらなおさらだ。
「福田さんが選んで買ってくれるやつがいいです。」
 顔の見えない、誰だかわからないファンの存在だったとしても、嫌なものは嫌だ。
 福田は驚いた表情でまじまじと蒼樹を見下ろした。
「なんか、今日の蒼樹嬢は素直だな。」
「今日ってなんですか。限定ですか。」
「うん。なんだろ、いつもと違えな。かわいい。」
 寝坊はするし、強力な寝癖はつけているし。
 いつもは前髪で隠れている額を出しているせいなのか、随分と素直な表情が見える気がする。
 思わずしたくなる。
 つるっとした額に唇を寄せた。
 少しだけ、冷たいような、温かいような、唇が吸いつくような、とろけるような。
 不思議な場所だった。
「キスもしやすいしな」
「っぅ〜……不意打ちはやめてくださいよっ!」
 両手で額を隠して真っ赤になった蒼樹に、福田は思わず抱き寄せてしまいたくなった。
「まじで今日、かわいいな!」
「だから!今日って限定するの、失礼です!」
 むすっと頬を膨らまして不機嫌を装いながら、しばらくは前髪をあげていようと、心に決めた蒼樹だった。

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