乙女の花占い
どきどきするのは、少し走ってしまったせいだ、と言い訳して、顔が火照って熱いのはエアコンが効いているからだと自分を納得させた。
逢えばどきまぎして会話があまり続かなくなって、視線が合いそうになるとちょっと逸らした。
そんなへたくそな自分に、内心でため息をついて泣きたくなることもしばしばで、どうしたらいいのかなあ、なんて蒼樹はスーパーからの帰り道一人歩きながら思った。
これはきっと、なんとかっていう感情を、相手に対して持っているんだろうな、と考える。なんとかという感情は、口に出してしまっても、心の中で思ってもどちらも恥ずかしくて、蒼樹は一人なのにも関わらず顔を赤くして「違う違う」と首をぶんぶんと横に振った。
そんなことない。
福田にそんなことを思うはずがない。
だって、自分のことを嫌いだと言った男なのだ。いけ好かない女だと言われたこともある。そんなひどいことを本人の前でなんら躊躇いもなく言うような男のことを、そんな風に思うはずがない。
「違うもん! 絶対!」
口に出して、むくりと沸き上がる気持ちに否定する。違うと言いながら、どきどきは一向に収まる気配がない。
ひどい男なんだ、と繰り返す。ひどい男だ。全くひどい男だ。
乱暴で、粗野で、女心を微塵も理解できない男だ。他人のためになんでか親身になって、自分の苦労も厭わないで助けようとする。お節介で、お人好しで、努力家。蒼樹には想像つかないほどの努力をして、漫画家という道を歩んでいる男だ。逃げ道なんかつくらない、正々堂々と勝負する、一本気のある男。
粗野で乱暴で鈍感なのに、妙に時折優しくて、それが無自覚だったりする、最低な男だ。
そんな最低な男だから、そんな風に、どきどきしたり、赤くなったり、そんな思いをしたら、つらい目に遭うのはきっと自分の方だ。鈍感な相手には、蒼樹がこんな風にどきどきしたりしていることなんか伝わっていないだろう。片思いしかしたことのない蒼樹だったから、思いを伝える方法や効果的な伝え方なんてわからない。よけいに伝わりようがない。
「いやいや、伝えるとかそうじゃないし!違うし!伝えるものなんてなにもないし。何もない!」
独り言をつぶやく蒼樹は、明らかに挙動不審だった。通りには一人もおらず、そのことにも気づいていない蒼樹には幸いなことだったかもしれない。
ふと目に入った赤色に、蒼樹は足を止めた。
小さな公園のベンチの足下に、それは散らばっていた。椿の花びらが散っている。自然に落ちたものではない。誰かが花ごと垣根から取って、花びらを毟ったように見えた。それも一枚ずつだ。
「花占いかしら……」
蒼樹も昔やったことがある。幼稚園か小学生のころだったかと思う。好き、嫌い、と繰り返して、最後の一枚で占う。
蒼樹は椿の垣根に吸い寄せられるように近づいた。冬の冷たさにきっと澄み切った椿の香りが心地よい。すん、と鼻で吸うと、冷たい空気とともに肺に入っていく。
蒼樹はおおぶりの椿の花を指でつつくと、花の根本に指を這わせて、ぶち、と椿を取った。
「懐かしいなあ……」
椿の花を手に持ったまま、ベンチに座った。椿の花びらを外側から、一枚ずつ丁寧に取っていく。
「すき……きらい……、すき……きらい……」
記憶の中の小さい自分も、こうやってベンチに座って足をぶらぶらさせながら、花びらを一枚ずつ、好きか嫌いかとめくっていったものだ。
不思議なもので、花びらをめくっている最中は、わくわくしているものなのだ。最後の一枚が、好きと出るのか、嫌いと出るのか、たかだかそれだけのために、占いと言うにはお粗末なそれに、どちらが出るかなとわくわくしている。
けれど、枚数が少なくなって目に見えて分かってくると、わくわくはどきどきに変わっていって、結局自分はどちらを期待して占いをしているのかわからなくなる。
「すき……きらい……」
好きか嫌いか、花びらで運命を決めて「そうなんだ」と納得する方が難しいし、納得させようと思って花占いをしているわけではないと思う。特に、嫌いが出てしまったときの乙女の対応は矛盾がほとんどだ。もう一回、などと言って、好きが出るまでやり続ける。
結局好きなのだから花占いなどという乙女モードなことをしているわけで、要するに、今の蒼樹もそうなのだ。
「す……好き……」
最後の一枚。花弁に残したまま、蒼樹はどきどきする鼓動を聞きながら、じっとそれを眺めていた。
好き? 誰を? 私が? 彼を?
まさか……
そんなわけがないだろうと、蒼樹は慌てて垣根からまた椿の花を毟った。そうして、二度目の花占いに突入し、そして結局、三度目の正直だ、と自分に言い聞かせて、三度目の花占いを決行したのである。
「すき……」
そうして出た三度目の正直の結果に、蒼樹は恥ずかしさで頭を垂れた。
結局三回行った花占いの結果は、三回とも全て「好き」だったのである。
蒼樹はどきどきした胸を押さえつけるように、性懲りもなくもう一度花を毟ろうとして、結局その手を宙に浮かせたまま、花を取るのをやめた。
これで嫌いが出たら、今度はどうするのだろう。嫌いがでて「やった!」なんて思うのだろうか。嫌いが出たらそれはそれでショックで、また「ちょっと違う」、なんて言って花を毟るに違いない。
蒼樹はそこまで自分の未来の行動を想像して、ますます挙動不審に「う〜」などと唸っていた。
「好き、か、なあ……?」
私が、福田さんのことを好き。どきどきするのも、目を合わせられなくなってしまったのも、でも盗み見てしまって、かっこいいなあ、なんて考えてしまっていることが、好きということか。
「なに考えているのよ!私!」
福田のことをかっこいい、だなんて、そうか、そんな風に思っていたのかと、今更ながらにそのときの感情に気づいて、蒼樹はかあーっと顔に熱が集まっていくのを感じた。
ヒドい男なのに、そんな人に惹かれてしまうなんて、我ながらどうかしている。
蒼樹は花びらが一枚だけになってしまった椿をくるくると回した。
足下には大量の花びらが散っている。
「あーあ……」
好きと嫌い双方の思いを賭けられた花びらが、北風でちりぢりに散っていった。
いい加減寒くなってきた。今日は寒いからキムチ鍋にでもしようと思っていたところだ。雑貨屋で買った水玉模様のエコバックから長ネギや白菜がのぞく。
福田は今日はどうしているだろう。今日も毎度のごとくカップ麺なのかな、と思いを馳せたところで、ケータイが鳴った。
「あ!」
身構えていなかったせいで、蒼樹は着信名を見てあわてて通話ボタンを押して、ケータイを耳に当てた。
「あの」
『おー蒼樹嬢! これから暇?』
「へ?あ、はい、特には」
『鍋しよーぜ鍋。新妻くんのとこで集まってさー、ってあ、こら! 師匠!』
『こんにちわですー蒼樹せんせー! 水炊きです? ちゃんこです? それとも闇鍋にしますかー?』
「あ、こんにちわ」
『人の電話勝手に出んなよっ』
『いいじゃないですか。僕も蒼樹せんせーと話たかったですー』
『だからっていきなり取んな!』
『なんですー? 福田せんせーも蒼樹せんせーと話したかったですー?』
『そーいうんじゃなくて!』
『素直じゃないですねー』
『だから!』
電話に出ている蒼樹そっちのけで、電話の向こう側で子犬がじゃれつくような喧嘩を始めた福田と新妻に、蒼樹は驚きつつ、「あの」となんとか口を挟んだ。
『何だよ?』
「私も今日、お鍋にしようと思って材料買ってきたところだったんです」
『じゃー丁度いいじゃん』
「そうですね。」
でも一人分の材料しかないから、三人……もしくはそれ以上だとすると、絶対にこれでは足りない。そう言おうと思ったら、先に福田が口を開いた。
『今どこ? 迎えにいくわ。』
「え!? いい、いいです! 一人で……」
『ついでに足りない材料仕入れてこうぜ?』
「あ……」
そう言われてしまえば断るわけにはいかない。
蒼樹は三鷹駅まで行くと言って、電話を切った。駅に行く道すがら、カーブミラーに映った自分の姿を確認して、着替えてくればよかったと悔やんだが、そんなことをしていたら、たぶん中野の新妻のマンションにいるのであろう福田がすぐに来てしまう。
駅で福田を待ちながら、蒼樹は未だに花占いで使った花びらが一枚しか残っていない椿の花を持っていることに気づく。
食事に誘ってもらえてうれしい。二人きりではないけれど、二人きりだと会話が保たなそうだから、ちょうどいいかもしれない。
椿をそっとエコバックの中にしまって、蒼樹はどきどきしながら福田のハーレーが来るのを待っていた。
逢えばどきまぎして会話があまり続かなくなって、視線が合いそうになるとちょっと逸らした。
そんなへたくそな自分に、内心でため息をついて泣きたくなることもしばしばで、どうしたらいいのかなあ、なんて蒼樹はスーパーからの帰り道一人歩きながら思った。
これはきっと、なんとかっていう感情を、相手に対して持っているんだろうな、と考える。なんとかという感情は、口に出してしまっても、心の中で思ってもどちらも恥ずかしくて、蒼樹は一人なのにも関わらず顔を赤くして「違う違う」と首をぶんぶんと横に振った。
そんなことない。
福田にそんなことを思うはずがない。
だって、自分のことを嫌いだと言った男なのだ。いけ好かない女だと言われたこともある。そんなひどいことを本人の前でなんら躊躇いもなく言うような男のことを、そんな風に思うはずがない。
「違うもん! 絶対!」
口に出して、むくりと沸き上がる気持ちに否定する。違うと言いながら、どきどきは一向に収まる気配がない。
ひどい男なんだ、と繰り返す。ひどい男だ。全くひどい男だ。
乱暴で、粗野で、女心を微塵も理解できない男だ。他人のためになんでか親身になって、自分の苦労も厭わないで助けようとする。お節介で、お人好しで、努力家。蒼樹には想像つかないほどの努力をして、漫画家という道を歩んでいる男だ。逃げ道なんかつくらない、正々堂々と勝負する、一本気のある男。
粗野で乱暴で鈍感なのに、妙に時折優しくて、それが無自覚だったりする、最低な男だ。
そんな最低な男だから、そんな風に、どきどきしたり、赤くなったり、そんな思いをしたら、つらい目に遭うのはきっと自分の方だ。鈍感な相手には、蒼樹がこんな風にどきどきしたりしていることなんか伝わっていないだろう。片思いしかしたことのない蒼樹だったから、思いを伝える方法や効果的な伝え方なんてわからない。よけいに伝わりようがない。
「いやいや、伝えるとかそうじゃないし!違うし!伝えるものなんてなにもないし。何もない!」
独り言をつぶやく蒼樹は、明らかに挙動不審だった。通りには一人もおらず、そのことにも気づいていない蒼樹には幸いなことだったかもしれない。
ふと目に入った赤色に、蒼樹は足を止めた。
小さな公園のベンチの足下に、それは散らばっていた。椿の花びらが散っている。自然に落ちたものではない。誰かが花ごと垣根から取って、花びらを毟ったように見えた。それも一枚ずつだ。
「花占いかしら……」
蒼樹も昔やったことがある。幼稚園か小学生のころだったかと思う。好き、嫌い、と繰り返して、最後の一枚で占う。
蒼樹は椿の垣根に吸い寄せられるように近づいた。冬の冷たさにきっと澄み切った椿の香りが心地よい。すん、と鼻で吸うと、冷たい空気とともに肺に入っていく。
蒼樹はおおぶりの椿の花を指でつつくと、花の根本に指を這わせて、ぶち、と椿を取った。
「懐かしいなあ……」
椿の花を手に持ったまま、ベンチに座った。椿の花びらを外側から、一枚ずつ丁寧に取っていく。
「すき……きらい……、すき……きらい……」
記憶の中の小さい自分も、こうやってベンチに座って足をぶらぶらさせながら、花びらを一枚ずつ、好きか嫌いかとめくっていったものだ。
不思議なもので、花びらをめくっている最中は、わくわくしているものなのだ。最後の一枚が、好きと出るのか、嫌いと出るのか、たかだかそれだけのために、占いと言うにはお粗末なそれに、どちらが出るかなとわくわくしている。
けれど、枚数が少なくなって目に見えて分かってくると、わくわくはどきどきに変わっていって、結局自分はどちらを期待して占いをしているのかわからなくなる。
「すき……きらい……」
好きか嫌いか、花びらで運命を決めて「そうなんだ」と納得する方が難しいし、納得させようと思って花占いをしているわけではないと思う。特に、嫌いが出てしまったときの乙女の対応は矛盾がほとんどだ。もう一回、などと言って、好きが出るまでやり続ける。
結局好きなのだから花占いなどという乙女モードなことをしているわけで、要するに、今の蒼樹もそうなのだ。
「す……好き……」
最後の一枚。花弁に残したまま、蒼樹はどきどきする鼓動を聞きながら、じっとそれを眺めていた。
好き? 誰を? 私が? 彼を?
まさか……
そんなわけがないだろうと、蒼樹は慌てて垣根からまた椿の花を毟った。そうして、二度目の花占いに突入し、そして結局、三度目の正直だ、と自分に言い聞かせて、三度目の花占いを決行したのである。
「すき……」
そうして出た三度目の正直の結果に、蒼樹は恥ずかしさで頭を垂れた。
結局三回行った花占いの結果は、三回とも全て「好き」だったのである。
蒼樹はどきどきした胸を押さえつけるように、性懲りもなくもう一度花を毟ろうとして、結局その手を宙に浮かせたまま、花を取るのをやめた。
これで嫌いが出たら、今度はどうするのだろう。嫌いがでて「やった!」なんて思うのだろうか。嫌いが出たらそれはそれでショックで、また「ちょっと違う」、なんて言って花を毟るに違いない。
蒼樹はそこまで自分の未来の行動を想像して、ますます挙動不審に「う〜」などと唸っていた。
「好き、か、なあ……?」
私が、福田さんのことを好き。どきどきするのも、目を合わせられなくなってしまったのも、でも盗み見てしまって、かっこいいなあ、なんて考えてしまっていることが、好きということか。
「なに考えているのよ!私!」
福田のことをかっこいい、だなんて、そうか、そんな風に思っていたのかと、今更ながらにそのときの感情に気づいて、蒼樹はかあーっと顔に熱が集まっていくのを感じた。
ヒドい男なのに、そんな人に惹かれてしまうなんて、我ながらどうかしている。
蒼樹は花びらが一枚だけになってしまった椿をくるくると回した。
足下には大量の花びらが散っている。
「あーあ……」
好きと嫌い双方の思いを賭けられた花びらが、北風でちりぢりに散っていった。
いい加減寒くなってきた。今日は寒いからキムチ鍋にでもしようと思っていたところだ。雑貨屋で買った水玉模様のエコバックから長ネギや白菜がのぞく。
福田は今日はどうしているだろう。今日も毎度のごとくカップ麺なのかな、と思いを馳せたところで、ケータイが鳴った。
「あ!」
身構えていなかったせいで、蒼樹は着信名を見てあわてて通話ボタンを押して、ケータイを耳に当てた。
「あの」
『おー蒼樹嬢! これから暇?』
「へ?あ、はい、特には」
『鍋しよーぜ鍋。新妻くんのとこで集まってさー、ってあ、こら! 師匠!』
『こんにちわですー蒼樹せんせー! 水炊きです? ちゃんこです? それとも闇鍋にしますかー?』
「あ、こんにちわ」
『人の電話勝手に出んなよっ』
『いいじゃないですか。僕も蒼樹せんせーと話たかったですー』
『だからっていきなり取んな!』
『なんですー? 福田せんせーも蒼樹せんせーと話したかったですー?』
『そーいうんじゃなくて!』
『素直じゃないですねー』
『だから!』
電話に出ている蒼樹そっちのけで、電話の向こう側で子犬がじゃれつくような喧嘩を始めた福田と新妻に、蒼樹は驚きつつ、「あの」となんとか口を挟んだ。
『何だよ?』
「私も今日、お鍋にしようと思って材料買ってきたところだったんです」
『じゃー丁度いいじゃん』
「そうですね。」
でも一人分の材料しかないから、三人……もしくはそれ以上だとすると、絶対にこれでは足りない。そう言おうと思ったら、先に福田が口を開いた。
『今どこ? 迎えにいくわ。』
「え!? いい、いいです! 一人で……」
『ついでに足りない材料仕入れてこうぜ?』
「あ……」
そう言われてしまえば断るわけにはいかない。
蒼樹は三鷹駅まで行くと言って、電話を切った。駅に行く道すがら、カーブミラーに映った自分の姿を確認して、着替えてくればよかったと悔やんだが、そんなことをしていたら、たぶん中野の新妻のマンションにいるのであろう福田がすぐに来てしまう。
駅で福田を待ちながら、蒼樹は未だに花占いで使った花びらが一枚しか残っていない椿の花を持っていることに気づく。
食事に誘ってもらえてうれしい。二人きりではないけれど、二人きりだと会話が保たなそうだから、ちょうどいいかもしれない。
椿をそっとエコバックの中にしまって、蒼樹はどきどきしながら福田のハーレーが来るのを待っていた。
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