コーヒーとワッフル
コーヒーの酸味とクリームの甘さ。絶妙な組み合わせ。
「ここのコーヒーどうですか?」
「あ?うまいんじゃね?」
実際仕事でブラックコーヒーをがぶ飲みする福田だが、如何せん香りも何も無いインスタントコーヒーだ。好きというより、飲まないとやっていられない、煙草に近い禁断症状がある。実際のところ煙草は吸わないが。
「そうですか」
しょぼくれたような声で、蒼樹は目の前のホイップクリームでデコレーションされた派手なワッフルをフォークで刺した。
「よくそんな甘そうなの食べれるな」
「甘くて美味しいですよ」
「俺は見てるだけでおなか一杯」
そういって、もう一度黒々としたブラックコーヒーを一口飲んだ。
確かにいつも飲んでいるインスタントコーヒーなんかに比べれば、断然においしいコーヒーだ。なにより、カップを近づけなくても漂う香りは、むせ返るほどだった。
「コナコーヒーっていうんですって。ハワイで栽培されているコーヒーだとか」
「へえ」
だからか、この店の内装がやたら南国風なのはそういうことなのか。
今日は珍しく蒼樹もコーヒーを注文していた。こってり甘いにおいのするワッフルを食べながら、ちびりちびりとコーヒーを飲んでいた。
その様子を見て、福田は苦笑した。
「コーヒー苦手なんじゃなかったのか」
「甘いものと一緒だったら平気です」
子ども扱いされたように感じたのだろうか、蒼樹は唇を尖らしてつーんとした。出会った頃にしていた取り付く島もないような表情とは若干違う。
本当はコーヒーなんかあまり好きじゃないくせに、わざわざこのハワイアンコーヒーショップを選んだのは蒼樹である。
それは、福田のことを考えての行動だろうか。
福田はそう思い至って、ますます笑みを深くした。
一人だったら迷わず紅茶の美味しい行きつけのお店に行くだろう。そこは茶葉も置いていて、蒼樹の部屋にあるこだわりのダージリンは、いつもそのお店で購入しているものだ。
コーヒーは飲めないわけじゃない。ただ、苦味と渋みが苦手で、コーヒーショップに入れば大抵甘いコーヒーを頼んだ。カプチーノだったり、キャラメルマキアートだったり、フラペチーノだったり。
でも今日は、前に通りかがったときに見つけたコーヒーショップに入ったのだ。
ハイビスカスややしの木がレイアウトされたその店は、まるでコーヒーショップとは思えない。店内は独特の甘い香りとコーヒーの香ばしい匂いが漂っている。
目の前に座る男を上目遣いでちらりと見て、蒼樹は後悔する。
彼はよく仕事中もコーヒーを口にすると聞いているから、わざわざこの店に入ったのに。
彼に喜んで貰いたかったのに、と蒼樹は溜息がつきそうになるのをコーヒーを飲むことで抑えた。
口いっぱいに苦味と独特の酸味が広がって、顔をしかめてしまった。
くくっ、と笑いを堪える福田の声が聞こえて、思わず蒼樹はじと目で睨んでしまった。
「何を笑っているんですか」
「蒼樹嬢はおもしろいなと思ってよ」
「お、面白いってなんですか!」
「一人で百面相してるからさ。なんかいろいろぐるぐる考えてんのかなと思って」
ハツカネズミみたいに、なんて福田は言った。
「は、」
おもしろいだとか、ハツカネズミだとか、今まで言われたことのないような形容をされて蒼樹は眦をつり上げた。
面白いと言われた本人は面白くない。
そもそもハツカネズミみたいとはなんだ。ハツカネズミみたいにぐるぐる考えてしまっているのは、福田が原因だ。
原因の当人に言われるなんて、「じゃあ、どうにかしてください!」と怒鳴りたくなる。
けれど、口を開いたまま、そのあとに続くはずの言葉は福田の言葉と柔らかな笑みに消されてしまった。
「ま、そういうところが可愛いとは思うけど」
聞き間違いかと思って、蒼樹の顔は口を開いたまま呆けるが、その顔を見て堪えきれずに福田はついに声をたてて笑った。
思ったことは遠慮なく言う福田の言葉は、いつも嘘偽りが無い。嘘偽りがないからこそ、指摘され腹が立つことも少なくない。だけど、そこには彼の本心しかなくて、そういうところが、想像以上に惹かれる。
その福田が自分のことをかわいいと言った。それはどういう意味だろう。どういう意味と取っていいのだろう。
照れを隠すように、俯いた。小分けしたワッフルをぐさぐさとフォークで刺した。はしたないとは思いつつも、やめられなかった。
「ここのコーヒーどうですか?」
「あ?うまいんじゃね?」
実際仕事でブラックコーヒーをがぶ飲みする福田だが、如何せん香りも何も無いインスタントコーヒーだ。好きというより、飲まないとやっていられない、煙草に近い禁断症状がある。実際のところ煙草は吸わないが。
「そうですか」
しょぼくれたような声で、蒼樹は目の前のホイップクリームでデコレーションされた派手なワッフルをフォークで刺した。
「よくそんな甘そうなの食べれるな」
「甘くて美味しいですよ」
「俺は見てるだけでおなか一杯」
そういって、もう一度黒々としたブラックコーヒーを一口飲んだ。
確かにいつも飲んでいるインスタントコーヒーなんかに比べれば、断然においしいコーヒーだ。なにより、カップを近づけなくても漂う香りは、むせ返るほどだった。
「コナコーヒーっていうんですって。ハワイで栽培されているコーヒーだとか」
「へえ」
だからか、この店の内装がやたら南国風なのはそういうことなのか。
今日は珍しく蒼樹もコーヒーを注文していた。こってり甘いにおいのするワッフルを食べながら、ちびりちびりとコーヒーを飲んでいた。
その様子を見て、福田は苦笑した。
「コーヒー苦手なんじゃなかったのか」
「甘いものと一緒だったら平気です」
子ども扱いされたように感じたのだろうか、蒼樹は唇を尖らしてつーんとした。出会った頃にしていた取り付く島もないような表情とは若干違う。
本当はコーヒーなんかあまり好きじゃないくせに、わざわざこのハワイアンコーヒーショップを選んだのは蒼樹である。
それは、福田のことを考えての行動だろうか。
福田はそう思い至って、ますます笑みを深くした。
一人だったら迷わず紅茶の美味しい行きつけのお店に行くだろう。そこは茶葉も置いていて、蒼樹の部屋にあるこだわりのダージリンは、いつもそのお店で購入しているものだ。
コーヒーは飲めないわけじゃない。ただ、苦味と渋みが苦手で、コーヒーショップに入れば大抵甘いコーヒーを頼んだ。カプチーノだったり、キャラメルマキアートだったり、フラペチーノだったり。
でも今日は、前に通りかがったときに見つけたコーヒーショップに入ったのだ。
ハイビスカスややしの木がレイアウトされたその店は、まるでコーヒーショップとは思えない。店内は独特の甘い香りとコーヒーの香ばしい匂いが漂っている。
目の前に座る男を上目遣いでちらりと見て、蒼樹は後悔する。
彼はよく仕事中もコーヒーを口にすると聞いているから、わざわざこの店に入ったのに。
彼に喜んで貰いたかったのに、と蒼樹は溜息がつきそうになるのをコーヒーを飲むことで抑えた。
口いっぱいに苦味と独特の酸味が広がって、顔をしかめてしまった。
くくっ、と笑いを堪える福田の声が聞こえて、思わず蒼樹はじと目で睨んでしまった。
「何を笑っているんですか」
「蒼樹嬢はおもしろいなと思ってよ」
「お、面白いってなんですか!」
「一人で百面相してるからさ。なんかいろいろぐるぐる考えてんのかなと思って」
ハツカネズミみたいに、なんて福田は言った。
「は、」
おもしろいだとか、ハツカネズミだとか、今まで言われたことのないような形容をされて蒼樹は眦をつり上げた。
面白いと言われた本人は面白くない。
そもそもハツカネズミみたいとはなんだ。ハツカネズミみたいにぐるぐる考えてしまっているのは、福田が原因だ。
原因の当人に言われるなんて、「じゃあ、どうにかしてください!」と怒鳴りたくなる。
けれど、口を開いたまま、そのあとに続くはずの言葉は福田の言葉と柔らかな笑みに消されてしまった。
「ま、そういうところが可愛いとは思うけど」
聞き間違いかと思って、蒼樹の顔は口を開いたまま呆けるが、その顔を見て堪えきれずに福田はついに声をたてて笑った。
思ったことは遠慮なく言う福田の言葉は、いつも嘘偽りが無い。嘘偽りがないからこそ、指摘され腹が立つことも少なくない。だけど、そこには彼の本心しかなくて、そういうところが、想像以上に惹かれる。
その福田が自分のことをかわいいと言った。それはどういう意味だろう。どういう意味と取っていいのだろう。
照れを隠すように、俯いた。小分けしたワッフルをぐさぐさとフォークで刺した。はしたないとは思いつつも、やめられなかった。
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それは運命じゃない
それにしても、なんで、彼女なのかな──と、ふと思ったのだ。
人生の中で出会う人間というのは、初めから決められているものなのだろうか。
それとも自分自身で選び取っているものなのだろうか。
ほとんどを偶然という巡り会わせで知り合ったのだと思うけれど、同じ空間にいながらも、親しくなったり、嫌いになったりするのには、結局のところ自分自身で取捨選択をしているからに他ならないのだろう。
人生は常に取捨選択を迫られていて、それが良い結果を生むのか、悪い方向に進んでいってしまうのかは、やはりわからないものなのだ。
雄二郎との打ち合わせを終わらせてゆっくりと歩いていた福田は、ふと常では考えないようなことを思い立ってしまった。
漫画家になろうと決めたのも自分だったし、漫画家になるために退路を切っていつだって戻ることのできない崖っぷちで勝負しようと決めたのも自分だ。
何をするのも自分で、自分の意思で決めてきたという自負があるから、人生が全て前もって決められているなど、腸が煮えくり返る思いがする。
でも、世の中には運命という言葉があって、それは前もって決められた事項で、それは定め通り事が運ぶことをいうわけだ。
それは、福田が嫌う「前もって決められた人生」の中の一つであって、福田はやはり運命なんて信じていなかった。
ただ、その運命を信じている人間を少なくとも、現在において親しい漫画家仲間の中に存在しているのを知っている。
今時珍しいほど稀少、というよりも変わり者の称号を送りたいぐらいの恋愛価値観だったとしても、漫画にかける情熱の高さを知っている人物なので、その人物を否定したり、疎ましく思うことはない。
「有り得ねぇとは思うけど」
思うだけで、直接言うことはないだろう。
そういえば、彼女もまた、運命の出会いというものに憧れを持つような純情な人間だ。
美人漫画家として編集部にも漫画家にも、そしてファンの間にも名高い蒼樹紅と、パンチラ指導という名でここまで係わり合いのある存在になるとは思わなかった。
たぶん、福田組の中の誰よりも蒼樹の現状や、蒼樹という人物像を知っている。
「何でこうなったんだろうな」
第一印象は最悪だった。
つんけんした態度の蒼樹に、どれだけ煮えくり返ったろう。あの頃の彼女はというと、自分に絶対の自信を持っていて、自分の考えのみで漫画を描いていたように思う。
もちろん、自分自身も漫画に対する信念を持っていたから、彼女と真っ向逆の考えで反発していたのだし、自分の作品が一番面白いと自負している。
それでも認めざるを得ないものもある。
福田の師匠である新妻は、本当に天才かもしれない。
彼の筆の早さにはアシスタント時から驚くほどだったし、今でも二作品も同時に書いているとは未だに信じられない。
新妻のことをいつのまにか「師匠」と呼んでいたのは、彼の才能に惚れているからだ。
漫画を作ることも、漫画を見ることも、新妻は一歩先にいる。
でもいつか彼の背中を追い越そうとは思っているし、そうでなければ自分ではない。
仲間であり、ライバルであることはいつでも変わらない。
それは、今、師弟関係のような蒼樹とですら同じである。
と、同時に、別なものがあることに気づかないふりをしていたけれど、どうやらそれにも限界があるらしい。
「福田さーん」
今まさに頭の中を占拠していた、聞きなれた声が聞こえた気がして、福田はぎくりと身体が固まった。
一体、どういうタイミングの良さだ。
それこそ、彼女が好きそうな、漫画的なタイミングだった。
「よう」
「もう、何回も呼んでいるのに、気付かないなんて」
はあはあと、荒い息をしているところを見ると走ってきたのだろうか。
一体どこから?
少し驚いた表情をしていると、蒼樹は眉尻を下げて笑った。
いつの間にこんな表情をするようになったのだろう。気を許されているなんて、改めて気付いてしまって、不自然に視線が泳ぎそうになるのを必死で堪えた。
「打ち合わせだったのか?」
「これからなんです。でも、早く来過ぎてしまったので」
早く来過ぎた、なんて照れたように言うけれど、たぶん蒼樹のことだ、いつも余裕を持って来るようにしているのだろう。
手に持っているキャリーケースの中には、つい先日福田がチェックしたネームが入っているのだろう。
蒼樹紅にアドバイスをすると決めたのも自分だ。
だったら、その先に続く道も、自分で決めたことなのだろうか。現在進行形で進む感情のうねりは、自分の選択の結果だということなのだろうか。
蒼樹を好きになった、という事実は、あの時の取捨選択の結果なのだろうか。
もしあのとき、中井が実家に帰らず蒼樹ともう一度組んでいたら。
もしあのとき、あの気持ち悪いゴンザレス野郎が蒼樹と組んでいたら。
蒼樹を好きにはならなかったのだろうか。
わからない。
人を好きになる感情は、どうしたって、どこからくるのか二十歳をとうに過ぎて、世間一般で言う大人になってもわからない。
「福田さん?」
そういうわからないことを、運命と言って片付けるのだろうか。
でも、そんなことを言ったら、運命に憧れる目の前の女に笑われる気がした。
何を世迷言を言っているのか、と白けた目で見られそうだ。
それを想像すると、なんだか答えを出すことがバカバカしく思えてきて、福田は笑った。
「時間あるなら、茶でもしてくか」
「え。」
「時間あるって言ったろ」
「言いましたけど」
「最終チェックしてやる、ネームの」
「本当ですか!」
すぐそこに美味しい紅茶のお店があるんです、といって無邪気に笑顔を浮かべる蒼樹の丸い頭を見下ろした。
似合わない真似はするものじゃない。
自分は自分らしく、自分で決めたことに従うだけだ。
蒼樹を好きなのは、自分なのだから。
人生の中で出会う人間というのは、初めから決められているものなのだろうか。
それとも自分自身で選び取っているものなのだろうか。
ほとんどを偶然という巡り会わせで知り合ったのだと思うけれど、同じ空間にいながらも、親しくなったり、嫌いになったりするのには、結局のところ自分自身で取捨選択をしているからに他ならないのだろう。
人生は常に取捨選択を迫られていて、それが良い結果を生むのか、悪い方向に進んでいってしまうのかは、やはりわからないものなのだ。
雄二郎との打ち合わせを終わらせてゆっくりと歩いていた福田は、ふと常では考えないようなことを思い立ってしまった。
漫画家になろうと決めたのも自分だったし、漫画家になるために退路を切っていつだって戻ることのできない崖っぷちで勝負しようと決めたのも自分だ。
何をするのも自分で、自分の意思で決めてきたという自負があるから、人生が全て前もって決められているなど、腸が煮えくり返る思いがする。
でも、世の中には運命という言葉があって、それは前もって決められた事項で、それは定め通り事が運ぶことをいうわけだ。
それは、福田が嫌う「前もって決められた人生」の中の一つであって、福田はやはり運命なんて信じていなかった。
ただ、その運命を信じている人間を少なくとも、現在において親しい漫画家仲間の中に存在しているのを知っている。
今時珍しいほど稀少、というよりも変わり者の称号を送りたいぐらいの恋愛価値観だったとしても、漫画にかける情熱の高さを知っている人物なので、その人物を否定したり、疎ましく思うことはない。
「有り得ねぇとは思うけど」
思うだけで、直接言うことはないだろう。
そういえば、彼女もまた、運命の出会いというものに憧れを持つような純情な人間だ。
美人漫画家として編集部にも漫画家にも、そしてファンの間にも名高い蒼樹紅と、パンチラ指導という名でここまで係わり合いのある存在になるとは思わなかった。
たぶん、福田組の中の誰よりも蒼樹の現状や、蒼樹という人物像を知っている。
「何でこうなったんだろうな」
第一印象は最悪だった。
つんけんした態度の蒼樹に、どれだけ煮えくり返ったろう。あの頃の彼女はというと、自分に絶対の自信を持っていて、自分の考えのみで漫画を描いていたように思う。
もちろん、自分自身も漫画に対する信念を持っていたから、彼女と真っ向逆の考えで反発していたのだし、自分の作品が一番面白いと自負している。
それでも認めざるを得ないものもある。
福田の師匠である新妻は、本当に天才かもしれない。
彼の筆の早さにはアシスタント時から驚くほどだったし、今でも二作品も同時に書いているとは未だに信じられない。
新妻のことをいつのまにか「師匠」と呼んでいたのは、彼の才能に惚れているからだ。
漫画を作ることも、漫画を見ることも、新妻は一歩先にいる。
でもいつか彼の背中を追い越そうとは思っているし、そうでなければ自分ではない。
仲間であり、ライバルであることはいつでも変わらない。
それは、今、師弟関係のような蒼樹とですら同じである。
と、同時に、別なものがあることに気づかないふりをしていたけれど、どうやらそれにも限界があるらしい。
「福田さーん」
今まさに頭の中を占拠していた、聞きなれた声が聞こえた気がして、福田はぎくりと身体が固まった。
一体、どういうタイミングの良さだ。
それこそ、彼女が好きそうな、漫画的なタイミングだった。
「よう」
「もう、何回も呼んでいるのに、気付かないなんて」
はあはあと、荒い息をしているところを見ると走ってきたのだろうか。
一体どこから?
少し驚いた表情をしていると、蒼樹は眉尻を下げて笑った。
いつの間にこんな表情をするようになったのだろう。気を許されているなんて、改めて気付いてしまって、不自然に視線が泳ぎそうになるのを必死で堪えた。
「打ち合わせだったのか?」
「これからなんです。でも、早く来過ぎてしまったので」
早く来過ぎた、なんて照れたように言うけれど、たぶん蒼樹のことだ、いつも余裕を持って来るようにしているのだろう。
手に持っているキャリーケースの中には、つい先日福田がチェックしたネームが入っているのだろう。
蒼樹紅にアドバイスをすると決めたのも自分だ。
だったら、その先に続く道も、自分で決めたことなのだろうか。現在進行形で進む感情のうねりは、自分の選択の結果だということなのだろうか。
蒼樹を好きになった、という事実は、あの時の取捨選択の結果なのだろうか。
もしあのとき、中井が実家に帰らず蒼樹ともう一度組んでいたら。
もしあのとき、あの気持ち悪いゴンザレス野郎が蒼樹と組んでいたら。
蒼樹を好きにはならなかったのだろうか。
わからない。
人を好きになる感情は、どうしたって、どこからくるのか二十歳をとうに過ぎて、世間一般で言う大人になってもわからない。
「福田さん?」
そういうわからないことを、運命と言って片付けるのだろうか。
でも、そんなことを言ったら、運命に憧れる目の前の女に笑われる気がした。
何を世迷言を言っているのか、と白けた目で見られそうだ。
それを想像すると、なんだか答えを出すことがバカバカしく思えてきて、福田は笑った。
「時間あるなら、茶でもしてくか」
「え。」
「時間あるって言ったろ」
「言いましたけど」
「最終チェックしてやる、ネームの」
「本当ですか!」
すぐそこに美味しい紅茶のお店があるんです、といって無邪気に笑顔を浮かべる蒼樹の丸い頭を見下ろした。
似合わない真似はするものじゃない。
自分は自分らしく、自分で決めたことに従うだけだ。
蒼樹を好きなのは、自分なのだから。
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